それから彼は、ぱたりと姿を見せなくなった。頬杖をついて会計待ち基、彼待ちをしている俺に、店長は「貴方のせいでお得意様が一人減ってしまって悲しいですよ」と茶々を入れてくるが、俺はそんなこともどうでも良いくらい彼に会いたかった。

「なぁルーク、お前のお兄さんのこと聞かせてほしいんだが」
「アッシュのこと?なんでまた急にアッシュなんだよ」
「うーん、深いわけがあるんだけど」
「いや、長そうだからいいや」

ルークはあまり家庭のことを話したがらない。それは仕方ないことだが、俺はルークの周りことなら大体理解しているつもりだった。そこに一石を投じたのがアッシュという人物の存在である。

「ったく、なんで覚えてねぇんだよ。同じ学校だったろ俺達。えーっと、俺の双子のお兄さん、隣のクラスで、学年で三番目くらいに頭よかった。すげぇよな、あと今生徒会に入ってる」

ルークが指を折りながらアッシュの特徴をひとつひとつ数えていく。そしてふと思い出したように、今度は俺に質問を投げかけた。

「そういえば、4年前の体育祭お前一緒に居たよな?」
「誰と?」
「アッシュと!だから俺アッシュがここに通ってるのってガイと話しするためだと思ってた。そしたらアッシュが違うーって言うもんだから」

目を見開いた。どうやら俺は全然思い出せないその記憶に弄ばれてる。口より先に手が出て、ルークの肩を揺さぶる。

「アッシュは何か言ってなかったか?!その、アンケートのこととか」

俺のこととか、なんて。

「アンケート?しらねぇけど、なんかあったのか?」
「いや…知らないならいい」
「いい加減手、離せよ」
「あ、ああ悪い」

その時、俺の頭ではわからないことがグルグルと渦を巻いていた。アッシュとは何なのか、彼と俺の関係は何だったのか。脳みその端の方がずきずきするのは何故だろうとか。
ルークは俯いた俺に大丈夫かと声をかけてくれるが、これが彼だったら無言で背中を撫でてくれるだろうな、なんて申し訳ない妄想をしてしまう。俺は本当にどうしようもない人間だった。






カランと扉の鐘が鳴る。

「いらっしゃいま…」

俺は途中で言葉を失った。待ち焦がれていた彼がついにやってきたのだ。彼が俺の姿を捉えるとびくりと肩を震わせていたが、前と同じあの席にそろりと座った。
空かさずここ最近覚えた手順でカフェラテを注ぐ。お客が彼一人しかいなくてよかった。これで思いっきり話ができるのだから。

「久しぶり、前、いいかな?」

俺はとびっきりの笑顔で彼のもとにカフェラテを持っていった。もちろんカップは二つ。彼は俺の顔をじっと見たあと、ああとそっけなく返した。俺はそれだけで舞い上がり、カップを彼の前と自分の前に置き、遠慮なしに座る。正面に向き直すと、彼が俺を凝視してるので少し照れくさかった。

「なにかな?」
「…思い出したのか?」
「え?何がだい?」
「…なんでもない」

彼が牛乳たっぷりのカップに口をつける。おいしいか?なんて聞いて不味い、と言われたら涙が出るくらい悲しいのでそれは聞かなかった。沈黙を破ったのは俺の方だった。


「そうだ、前は申し訳なかった」

彼の眉がピクリと痙攣して、この話題を出すことが悪かったみたいな気分になった。こくりと一口飲んだ彼は、一息置いて口を開いた。目線は明後日の方向だったけど。

「コーヒーのことか」
「うん、君に名前を聞くのは失礼だと思ったから、ルークに聞こうとしたんだ。本当に悪いことをした。これはその時の俺のおごりだから」

彼の表情が曇ったのに、俺は気付けなかった。彼はガタンと大きな音を立てて椅子を押すと、上着に袖を通しはじめた。俺は何が何だか分んなくて硬直していただけだ。
はっと我に返った時には既に彼は正面に居なくて、レジにお金を置いている最中だった。この時、俺の背中から変な汗が出た。ここで引き留めないと、もう二度度会えないような気がした。そんなの気分が悪いに決まってる。だってまだアッシュのことを全然知らない。







「待ってくれ、アッシュ」

肩が強張るのが自分でもわかった。俺はこの期に及んでまだガイを求めようとしていた。もうこんな女々しいことやめようとここを訪れたというのに。小銭を持っている手がジワリと汗で滲んだ。ジャラララと金受けにそれを落とすと、ぎこちなくガイの方へ身体を回転させる。もう終わりだ、こんなこと。終わらせてもう二度と始めないように。
鞄の中から長年入れている袋をとりだした。何回洗濯したかもわからない、こすけてしまったと思う、そんなものを差し出す。ガイは訳がわからない様子で、それでも受取ってくれた。その時、汗じゃない何かも滲み出た。最後に声を振り絞って呟く。

「お前に、返そうとしていたんだ。長く借りていて悪かった」

それからはなるべく早く、店の外へ走り出た。後ろからガイの声が聞こえたがお願いだから追ってこないでくれ。そんなことを思うばかりで。





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