あれは…いつの事だっただろうか…。
今となってはもう随分前のことのように思える。


ふたりの時、そんな話をした。
「ねえ、渋谷。確かにさ、その差は完璧に埋まることなんてないのかもしれない。それ程、世界の違いっていうのは大きいよ?でもね」
ふんわりと微笑んでくる親友。
いつもの、安心させるような笑みで。
「近づくように努力することは可能だ。互いに歩み寄り続けることをすれば。…皆きみのことを大切に想っているから。だからね、それがきみの中の真実になれればいいと思ってるよ。あと、今も名付け親殿も婚約者殿も今落ち着かない心境だと思うよ。まだ渋谷は出て来ないのかって」
「…何だよそれー」
最後からかうような口調になる村田に、おれもそんな風に返してしまう。
皆の気持ちは、感じてはいるけれど実際にして言われてしまうとこそばゆいものがある。

そんなおれに村田は、
「きみじゃなきゃ、意味なんかないんだよ。みんな、そして僕だってね」
切ない程の深い想いを感じて、その漆黒の瞳に引き込まれそうになる。
これは、こいつにとったら紛れもない真実なんだろう。

「村田…」
こんな風に真っ直ぐと、隠し事なく示してくれることが嬉しかった。
ちょっと直球過ぎるけど。
でもだからこそ、素直に嬉しく照れ臭くもなった。

「…おれだって、同じだって。お前にはいつも助けられてるし」
色々な意味で。
「渋谷…」
そんなおれを見て村田も照れ臭くなってきたらしく、ふたりで笑い合うという事態に発展した。

そんな話をしていたすぐ後の事だった…。



「し、しぶ…」
ずるりと崩れ落ちる体。
「村田っ!!」
おれはとっさに崩れる村田を抱きとめる。

「にげ…」
友人の白い顔。
せき込むと、ごぼっと赤いものが吹き出しおれの手を濡らす。
その温かさがやけにリアルで…。

「むら…た…?」
「に…げ、しぶ…」
はぁはぁと荒い息を吐き出しながら村田は、うわごとのように逃げろと言ってきた。

「村田ーーーっっっ!!」
叫び声を上げていた……。

村田が、目の前で、おれの目の前でこんなこと…。

おれは、同じ世界からふたつの世界を共有してくれるこの親友を、とても特別に大切に想っていた。
こいつがいるからこそこっちの厳しい現実の世界と見つつも強くやっていけてるんだと思うような所もあって。
こいつが頭脳面で優れてるから、逆に肉体面だとからっきしなこいつを、おれが守ってやるんだって思っていた。
なのに…。

「ぎゃっ!」
おれの護衛をしていた兵士さんがおれを背に庇うように立ち向かうが相手の方が強く、彼女も崩れ落ちてしまう。

「陛下、ご覚悟…!!」
剣についた血を振り払い拭うと、先程まで仲間だと思っていた兵士が目の前に迫ってくる。
訳が分からなかった…。
見知った顔な筈な存在が、感情もなく命を削り取ろうとしてくる様…。
血の赤が広がっていく村田の姿。
村田を置いていくと選択肢ははなからない為、村田を庇うように抱きながら迫りくる恐怖に絶叫した。
そしておれが守るんだと。

「う゛ああああーーーーっっ!!!」
感情が爆発しそうになってしまう。
「ぐっ!!」
魔力が発生し、兵士は近寄れなくなる。
しかしこれでは駄目だ。
冷静な部分では、それでは駄目だと思う気持ちもある。
こんな感情状態では上手く魔力を使えなどしないし、今は暴走なんかするよりもやることがある。
しかし…止まらない。
止まらない感情を、制御出来ない。
だって、傷つけられたのは他の誰でもないこいつだったのだから。

そんな時、
「陛下…っ!!」
今までおれ達の前に立ちはだかっていた兵士が倒れる。
現れたのは、オレンジ色の髪をしたその男。

「ヨ、ザ…」
おれに向かい叫び声を上げる。
「落ち着いてください。まずは猊下の容体を!魔力を収めてください!もう大丈夫ですから!」

強い眼差し。
その力強さにおれは…。
「………っっ」



………



おびただしい程の量の包帯。
白いベッドに横たわる親友の姿。
その白い顔は、まるで死んでいるかのようにも見えた…。

そっと頬に手を触れさせる。
ぬくもりを感じる…。
深く安堵した…。

事実、村田の命はもう少しで危ない所だったらしい。
今は手当もして命に別状はないと診断されたが。
あの時、おれが怒りに任せて魔力を暴走させて暴れていては間に合わなかったかもしれない。

「…村田…っ」
大切な特別な相手を失うかもしれなかった。
しかも自分のせいで、と思うとぞっとする。


今日は、おれと村田は儀式の為に眞王廟を訪れたんだ。
しかし眞王廟は本来男は侵入不可だから、おれと村田のふたりしか入ることは出来なかった。
だから今日のおれ達の護衛は女性の兵士さんだった。
いつも一緒にいるコンラッドやヴォルフみたいに、強さも深い信頼も付け入る隙が少ない相手じゃあない。
そんな状態のおれ達に、実は護衛の兵士の中に潜んでいた暗殺者が襲い掛かってきたんだ。

「…っ」
恐怖を感じていた。
殺されそうだったという事実も恐怖はあったけれどそれ以上に。
村田を…たったひとりの存在を失うかもしれない所だったのだということに。
そして、分かっていた筈なのに…。
こちらの国が、例え安全な所であったとしても危険な可能性があるってこと。
だからこそおれが村田を守ってやらなきゃって思ってた筈だったのに…。
こういうことも起こりうる、そんな場所なんだ。
なのに…。

この国の真実を、実は秘かに感づいてはいた事実を、垣間見てしまったから。
実際に目の間で、最悪の形で。

仲間の中に、実は暗殺者が潜んでいて命を狙われるということ。
そして、暗殺者ではない兵士が真っ先に庇ったのはおれであったということ…。
暗殺者ひとり、味方の兵士がひとり、おれ達はふたり。
実際に危険に陥った時、兵士が真っ先に庇って守ってきたのはおれだった。
そのせいで村田は傷を負ってしまった…。

彼女らの立場も分からなくはない。
だけれど、結局はそうなんだ…と。
おれの思っている気持ち、内心を、おれ達側の思考で理解することは敵わないのだと…。
突き付けられてしまった。

おれにとっては、村田は『大賢者』である前に『村田健』なんだ。
そして、大切な存在なんだ、とても…。
村田を失うことなんて、考えたくもない。
おれの為に村田が犠牲になることなんて了承なんて出来る訳がない。
誰がどう言おうが賛成など出来ない、おれの代わりにこいつを犠牲にするだなんて。
こいつを失ったらそれこそ駄目になる。
そう思える程の相手なのに…。

あの兵士さんだけではない。
よく知る親しい三兄弟だって、おれ達を見て大切にしてくれてはいるけれど本当に危なくなったら結局はそういう思考なのだと。
今まで秘かに感じていた事実が、現実のものとして強く表れ考えさせられてしまう。

「………」
仕方がないことなんだ。
おれは王様って立場だし、こっちの世界の考え方的にもそれは正しいことで。
例え彼らの方も大切でも、どうしてもどちらか選ばなければいけないのなら王を選ぶのだと。
そういうものなのだと。
しかし感情面では到底納得出来はしなかった。

そんな時…。
コンコンとノックの音が聴こえた。
今はふたりにして欲しいとコンラッド達には伝えた筈なのに。

「…オレです」
入ってきたのは、ヨザックだった。




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