「わっ!何!?」
何かが頬に触れた感触に、驚き身を離してしまう。

見ればすぐ間近にあったのは、おれのそういう意味でお付き合いをしている相手その人であった。
「何って、口付けですよ。坊ちゃんおれを無視して没頭しちゃうんだもん〜」
「あー、悪い悪い。別に無視しようとした訳じゃあなくって」
持っていた紙をテーブルに置きつつ言う。

「分かってますよー。坊ちゃん監督でもありますもんね」
おれが今まで没頭していたのは、おれが監督でもある国営野球チームの今後の練習・試合内容についてなどだ。
思考していたらつい自分の世界に入ってしまっていた。
ヨザックも分かってはいた。
だけれどおれがあまりにも構ってくれなくて退屈していたのだろう。
だからといって集中マックスな時に突っついてくるのではなくて、もう終わるという時を見計らって悪戯してきたというところがヨザックの凄いところだ。

「もう終わりだからさ」
だからおれは素直にそう思うことも出来る。
退屈させたお詫びに、これからの時間はヨザックにちゃんと構ってやろうと。

「少し疲れたし。グリ江ちゃんの美味しいお茶とお菓子が欲しいな」
そう言ってみせれば、
「んもうっ、坊ちゃんってば罪なお方!愛の奴隷のグリ江はそんな事言われたら頑張っちゃいますよ〜」
ばっちんと綺麗にウインクしながらそんな台詞を吐くグリ江ちゃん。
「何だそれ…」
少し呆れ苦笑いしつつも、メイド姿のグリ江ちゃんが準備するのを眺める。

おれとヨザックの関係…。
それは、世間一般で言うなら恋人…と言っても差し支えないような関係だったりする。
しかし相手は、どこぞの可愛い女子でも美人なお姉さんではない。
柔らかいどころか逞しい筋肉で覆われ、可愛いどころか男らしさが素晴らしい程にあるその男、ヨザックなのだ。

顔も体も間違いなく性別男である男の中の男である男らしい奴だヨザックは。
男として、素直に憧れるに足るような、そんな存在。
素直にかっこいいと思う。

しかし、こんなところは少し別上げで。
ヨザックの、大人だなーと思えるような対応や余裕さ。
おれの、自分のガキっぷりが露見されるようで少し面白くはないのも事実。
まぁかといってもヨザックは、いつもからかったりどうのもしてくるくせに、おれが凄く嫌に思いそうなことはしては来ないししっかりと空気も読んでいたりするもんだからそこは嬉しく思えたりもする。

男同士で恋人という立場は…微妙だ、凄く。
ぶっちゃけおれは、今までノーマルで、男同士が婚姻可能なこの眞魔国に来てからも、男を恋愛対象にしようなどとは思いはしなかった。
だから、ヨザックを好きになったのも、今思えば奇跡のようなものだとも思う。
ヨザックが、ゆっくりおれの気持ちを解きほぐしていってくれたから…。
ヨザック以外の男相手など、付き合うことなどおれは無理だろう。
いくら大切な仲間であったとしても、恋愛問題、それとこれは別というやつだ。

そんなおれは、いくらお付き合いするような関係になったといっても、基本地球出身のノーマル男故に自分には受け入れられないというような部分も多いにある。
例えば、男女ではなくどちらも男同士だからといって、相手に女のように扱われたりはもしされたとしたらふざけんな!と思ってしまうだろう。
可愛いという言葉を言われたりするのもあまり好きではない。
照れてとかではなくて真面目に。
だからヨザックが無理にそういうことをしてこない奴で…、本当によかった。
おそらくおれの内心の男のプライドをちゃんと汲んでくれてるんだろう。
おれがどうしても嫌なことをしては来ないし、男としておれがあまり好まないようなことも、上手く緩和して言ってきてくるたりもするのだから。
まったくもって出来た男である。

そんなヨザックだから…。
付き合って、これからももっと長く一緒にいたいって思えたんだ。
仲間として、友人としてだけではなくて。
恋愛の相手としても…共にいるのが、嫌ではないと思えたんだ。

そんなヨザックとの恋愛は、おれに合わせてくれているのだろうとてもゆっくりペースだった。
おれだって、どのぐらいのペースが早いのかなんて詳しくは分からない。
しかし、以前地球で女子の会話が漏れ聴こえてきた時、付き合って1週間でキスをしたのだと当然のように話していたのだからそのぐらいは普通なのではないだろうか。
そんなおれは、付き合い初めて1ヶ月経ったのに唇のキスは一度もしていない。
せいぜいさっきのように頬に軽く触れる程度だ。

おれにとっては、強引にことを進めようとしないところは有り難かった。
いくらヨザックを好きだと自覚し認めたといっても、今までの自分の常識故に男同士の関係を急激に進めるということには抵抗感があった。
ゆっくりと、まずはお互い意識した上でただ一緒に過ごす時間が必要だと思っていたから。

地球で言えば外国風のこっちは、家族や親しい人らでの頬にのキスとかもするみたいだけど、奪ってしまえばとかそういうのも俺は反対派だ。
女子相手ですらそういうのは一緒に過ごしていって十分に仲を深めていってから〜と基本的には思っているのだから男相手などおっかなびっくりの手探り状態であるのに突然奪われたりなんかしたら、後々心の中に重いもやもやが残ってしまいそうな気がする。

そんなおれが、キスについて考えてしまうようになったのは、ひとえに十分にヨザックが時間を取って進めないでいてくれたのと、そして普通はどれぐらい〜という女子らの会話故だろう。
村田に相談したら、そんなのは個人差だから、どんなタイミングでも自分がいいと思えた時でいいと思うよ、と言ってくれたし。

そして考えた末、1ヶ月ならそろそろ…いいのではないか、と。
自分でそう思えるようになったんだ、ヨザックが待っていてくれたおかげで。

おれはまぁ…キス自体は初めてじゃあないし。
でもそれはヨザックだって同じだと思うしお互い様だと思う。
むしろあのヨザックが、あんた相手が何もかも初めてなんですよ〜とか言わんものなら間髪入れず、ウソだろ!と突っ込み入れると思う。
だからキスをしたならそれは、おれとヨザック間での…初めてのキスになるんだ、と思った。


「はーい坊ちゃん。グリ江特製の茶と菓子ですよ〜」
「おおー!」
きらきらして宝石のような菓子に、やっぱりグリ江ちゃんは凄いなぁと思った。
それでいて味もいいのだから。

待ちきれずに摘まみ、口に放り入れる。
「うまい!」
思わずばくばくと食べてしまう。
やっぱりグリ江ちゃんのお菓子は最高だな〜なんて思いながら。

そんな中、ふと気づいたらグリ江ちゃんがこっちの方をじっと見てきていることに気づいた。
「あに?」
菓子を口に詰めている状態で問いかければ、
「いーえ」
くすりと嬉しそうににやけた顔をされてしまう。
「好きだなぁと、そう思いまして」

「…ヨザックっ!」
何というかもう、何だよそれはという不意打ち。
顔の熱が、少し上がってしまう。

ヨザック…。
今はグリ江ちゃん姿の、筋肉もりもりな筈なのに女性にも見えてしまいそうな程上手く化けている男を見ながら思う。

おれを、王としても、真っ直ぐと見てくれて。
しかし同時に、ただ有利個人としてではなく地球人の渋谷有利としてのおれも分かってくれようとするこいつをおれは…。

この世界で、幾度もおれは突き付けられた、厳しい現実というものを。
おれにとったらどちらの世界も大事で、おれと同じおれ側の視点で分かり共感してくれる村田みたいな存在は、普通はいはしないんだって。
しかしヨザックは、分かってくれようとしてくれる、おれ個人を。
決して世界の違い故の差異は完璧には埋まらないとしても、それでもおれのことを分かろうとしてくれるから…。
ちゃんと、待っていてくれたから、焦らせることなく。
まどろむような優しい安心感の中、おれは、幸せだったんだ。

こいつとならこれからも共に進んでいけるって。
だからこそ、おれが、一歩を踏み出したいって思えたんだ。
まぁ相手にされるがままというのは男が廃るというのもある。

男らしくおれの方から言ってやろうと思った。
キスしようって。

「なぁヨザック…」
おれは改まりヨザックを真っ直ぐと見つめる。
そんなおれを見て、目を細めてくるヨザック。

「さすが坊ちゃんだ。おっとこらしぃ!でもね、おれだって男なんですよ。あんたが了解してくれたのなら、オレだってしたいですよ」
くつくつと面白そうに笑ってくるヨザック。
自らの唇を指さしながら。
おれがキスしたいと思ってるということ。
どうやらおれの考えはバレバレだったらしい…。

「う゛…」
何も言ってないのに…。
ハズくていたたまれないような気持ちになる。
だが、
「だからね」
ヨザックがおれの耳に唇を寄せてくる。
ヨザックが囁いてきた言葉に、一瞬目を見開く。
だが次の瞬間には、笑みが零れていた。

そんなヨザックだから、おれは一歩を踏み出そうと思うんだ。
少し照れ臭く思いながらも、それでも。
好きでい続けられるんだ。

そしておれ達は見つめ合い、互いに唇を近づけていった…。




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