初めて彼女の手を握ったときのことを、いまも覚えている。いつも通り、一緒に授業へ向かう途中で、隣を歩いていた彼女がなにかの拍子に、あ、と声を漏らし、たぶん顔見知りの相手を見つけて声をかけようとしたんだと思う、軽く歩調を早めて数歩、前に出た。そのときだ。気づいたときには、リーマスは彼女の手を握っていた。置いていかれ、彼女を見失ってしまいそうな焦りを瞬間的に覚えたことも、だからといって、実際に相手の手を掴んだことも、リーマスを驚かせた。
ホグワーツで魔法魔術を学び、心を許せる友人も得た。これ以上を求めることなどない、あってはいけないと自制してきたはずなのに、己の決意の脆さを唐突に突き付けられ、自分に一体なにが起こっているのかすぐには頭が追いつかず、呆然としてしまう。
彼女のほうも、友人の突然の行動に驚きと心配の糸がこんがらがったような表情を浮かべていた。「どうしたの? リーマス」と様子を伺いながら、訊ねてくる。
その、思いやりしかない優しい声と、傷だらけの手を物怖じせず握り返してくれる一片の光のような温もりを、子どもの手探りだったけれど、たしかに本気で、一生手放したくないと思った。


「痛い、痛い」
「僕も我慢してるんだけどね」
「見ているだけでこっちが痛いよ」

月がもう半分まで満ちると、慢性的な空腹感に悩まされ、人間の姿でも歯が疼いた。このどうしようもない衝動は不快でしかなかったが、一方で、新鮮な血肉を求めて身体の奥から突き上げてくる情熱や興奮は、普段のリーマスには馴染みのないもので、昂ぶる神経をなんとか飼い慣らす必要もあった。
自分の拳に歯を立てるのは、少しでも気を紛らわせるために昔、身についた癖だった。時折、関節を噛み砕きそうな音を立てるため、リーマスより彼女ほうが痛みに耐えるような顔をする。「ほら、血が出てるよ」

談話室で話しているとき、授業を受けているとき、廊下を歩いているときでも、リーマスの手が少しでも持ち上がると、彼女は反応し、いよいよ口元に近づくのを見たら、すかさず手を握ってきた。
彼女の対策は功を奏した。さすがに人前で手を繋ぐのは恥ずかしかったため、外で自傷行為をすることはなくなり、また談話室で人目を避けて彼女と手を繋いでいると、独り占めしているような幸福感に満たされた。
それがいけなかったのだろう。ある夜、人気のない談話室で、いつもより少しはだけたシャツに気づいた瞬間、必死に考えないようにしていた欲求が、こういうときのために鍛えてきた理性を呆気なく倒して、リーマスを支配していた。
意識が急速に遠退くような感覚に襲われ、気を失う直前のような怠さを感じながら、リーマスの手はすでに、彼女の細い首を這っていた。頭は警鐘を鳴らしているが、だれかに操られているみたいに、柔らかい皮膚の感触を貪る。やめる気になどなれなかった。

「人間の姿で噛みついても、きみは僕のようになるのかな」

親指で少し押すと、血管が浮かび上がる。薄い皮膚の上からでもその瑞々しさがわかり、涎が垂れそうになる。中を通る骨の感触。それを顎の力だけで潰すのを想像し、歓喜する。「ねえ、このまま噛んでしまおうかな」

そうすれば、きみは僕のものになるだろうか。

「リーマスが望むなら、いいよ」

そこで自分が、百年くらい彼女の顔を見ていないような気分になり、はっとなった。顔をあげる。だが、彼女がリーマスの肩に寄りかかってくるほうが先だった。頬を髪が掠め、女の子の匂いが一段と濃くなる。

「寝るのかい?」
「寝てしまおうかな」
「寮に戻る?」
「もう少し、このままでもいい?」

彼女にここで眠る気などないことは、よく知っている。
「かまわないよ」と了承すると、ソファーと手の間に彼女の手が滑り込んできた。
合わせた手のひらを、そっとずらし、互い違いに指を組んでみる。握れば、握り返される。まだセーフ。彼女が引いて用意している線は、まだ見えない。
彼女の頭に頬を乗せる。リーマスはここで眠りたかった。

「リーマスが望むなら、いいよ」

後悔や羞恥、疑念や寂しさが一斉に押し寄せ、肩の重みを感じながら、リーマスも静かに目を閉じた。


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