王子様の薔薇

「あなたは真っ黒なのね」

何を黒いと言われたのかと、手鏡の中で彼女が首を傾げた。ジニーはその濡れた鴉の羽色のような髪を、鏡越しに指差した。
「ああ」彼女は、自分の髪に手をやり、軽く梳くように撫でる。さらさらと涼しげな音が聞こえてきそうだ。

「綺麗だと思う」
「そうかな」
「あなたに似合っているし」
「そうかな」
「赤毛は不格好だもの」
「そうかな」

同じ台詞を繰り返す彼女に、三度目でジニーは噴き出した。綺麗だと言われた驚きや、黒髪が似合っているとはつまりどういう意味だろう、という困惑でそれぞれ微妙に発音や声の調子が変わっていて、可笑しい。
そして彼女は、赤毛を恥じるジニーを、自分のことのように哀しんでいるらしかった。
彼女のようにすとんと黒い髪が、ジニーは羨ましい。ハーマイオニーのふわふわした栗色の髪もすごく素敵だと思う。
頬のそばかすと相成って、赤毛は名刺みたいなものだ。ジニーが自己紹介をする前から相手は、もしかしてあのウィーズリー家の、と察しているし、同じ赤でも燃えるような見事な赤い髪は、どこにいても目立った。
いずれにしろ目立つなら、ブロンドのほうがずっと煌びやかで、華があっていい。が、そこで、ドラコ・マルフォイの嫌味な態度を思い出してしまい、複雑な気持ちになった。

「あと、知ってる? 赤毛の女は気が強いって言われているのよ」

そんなことないのに、と唇を尖らせる。そんなジニーの髪に櫛を通しながら、静かに話を聞いていた彼女が、おもむろに、後ろ髪を一房、指に絡め取った。妙に大切そうな仕草は、跪いてお姫様の手に口づけをする王子様のようで、女同士であるのに、どきっとする。

「私は好きだけど、この髪」
「なんで? どうして?」そんなことを言うのは、母以外にいるはずがない、という思いで、詰め寄った。「どこがいいの?」

苦笑混じりに、うーん、と思案する相手の返答が気になり、よく見ようと、構えていた手鏡の角度を調整する。彼女の視線はジニーではなく、ジニーの髪をいじる自分の手元に注がれていた。壊れ物を扱うかのように優しい指先が、髪を絡めたまま、毛先まで滑っていく。
ジニーが焦れても、答えはなかった。

「たしかに、そうかも」
「え?」
「赤毛の女の子は、優しくて、可愛くて、でもやっぱり気が強かったかな」

伏せられた目はいつまでもそのままだった。長い睫毛が影を作り、その瞳に映し出されているなにかを、覆い隠していた。


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