一番大切なもの

ハニーデュークスの、あどけない子どもたちの賑やかさで満ちた店内を抜け出して、ふたりは「三本の箒」に向かった。依然として空は雲に覆われていたが、雪は弱まっている。
中心街の大通りを並んで進む。行き交う子どもたちの足取りは、足元が雪だろうと軽やかだ。子どもたちの笑い声のせいか、聖歌隊の歌声が絵に描いたようなクリスマスの雰囲気を演出しているせいか、長らく世捨て人のように生きてきたリーマスも、いまは無闇に心が浮き足立った。
通りに並ぶ店は、ほとんど雪に埋もれていた。それぞれが店の外に吊ってある、飾り看板が風に揺れて、雪がはらはらと溢れ落ちる。同時に、横から腕を押される感覚があった。見ると、リーマスの腕に、彼女が顔を押しつけている。顔の半分はマフラーで保護しているが、露出した目の周りに吹きつけてくる、冷たい風を避けたいらしい。
甘い店内で一度繋いだ手は、外気を避け、各々の上着のポケットに納まっていた。
それでも人肌を恋しがるように、「私たちは恋人同士ではないんですよ」と言い張るには並んで歩く距離が些か近すぎて、さっきから肩や腕が触れ合ったりもする。
結局、歩きづらいうえに焦れったくなり、暖めていた手を差し出すと、彼女は人目も憚らず、リーマスの手に自分のそれを重ねた。かさりとした素手の感触を握り合う。
お互い、手袋をつけていないのが可笑しかった。バタービールの瓶を持つ手だって、いまにも凍えそうなのに。
「三本の箒」の女主人を思い出しながら、リーマスは言った。

「マダム・ロスメルタは、昔と変わらずきれいだったね」
「本当に」

彼女は、リーマスと繋いだ手と反対の手に持っているバタービールの瓶口に、白い息を吐きかけて、呟く。

「“呪い”から目が覚めて、あの人を最初に見ていたら、眠っている間に十年も経っているなんて気づかなかったかも」
「それは」リーマスは彼女の手を少し強く握り、「笑うところ?」と戸惑った。冗談めかした言い方とは裏腹に、「呪い」というその言葉が、無条件で彼女を傷つけ、己を卑下している気がしたのだ。
代わりに彼女が、空中に舞う雪の隙間でくすりと笑った。

「寒いね」

そう言って、ふたりの間を風が通り抜けるのも許さぬみたいに身体を寄せ、少し赤くなってしまっている鼻面を再び、リーマスの腕にすり寄せる。そのまま寄りかかってくる彼女を、リーマスは支える。もうほとんど感覚のない鼻腔に、馴染み深い匂いが差し、肺をよそよそしく満たした。

「やっぱり店内で飲んだほうがよかったかもしれないね」
「でもきみは、騒がしいところは嫌いだろう?」

リーマスは、ちょうど眼下にある小さな頭を見下ろすことしかできない。結晶を留めた雪が黒髪を濡らしている。
いつもだれかのために一生懸命な彼女を、せめて雪くらいからは守るべく、飲みかけの瓶を持った手で、彼女のマフラーを整えた。


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