二度と持て余さぬように

生きている知り合いより、死んだ友人の数のほうが多くなり、なかには自分より一回り、二回り若い者も少なくなかった。みな勇敢だったが、その死が、名誉あるものばかりとは限らない。
墓は建てど、棺の中が“ほとんど”空の者もいれば、人知れず息絶え、現在も戦死状況が不明の者もいる。あるきっかけで裏切り者と断罪された者は後日、別件の調査でそれが無実だと証明されたが、すでに手遅れだったこともある。冤罪の事実は、もちろん魔法省によって握りつぶされたので、彼は永遠に裏切り者のままだ。
きょう、ムーディの腕の中でその生涯を終えた若き闇祓いは、じゅうぶんな訓練を終え、闇祓いとしてこれからだ、というところだった。彼本人が夢見ていた自分の将来もこんなはずではなかっただろうに、彼が死に際に発したのは恨み節や、泣き言でもなく、謝罪の言葉だった。
両親に向けて先立つ親不孝を詫びたのか、己の力不足を悔いたのか、わからないが、ムーディが知る限り、彼が謝る必要はどこにもなかった。
この世界では、彼の死に意味などないからだ。ただ強者に搾取された命が、そこにあるだけなのだ。
こんな世界にして一体、なにがしたいんだ、と空に向かって怒鳴りたい衝動に駆られる。しかし、空から返ってくるのはいつだって、いつまでも止むことのない、冷たい雨粒だけである。
ほとんど新品同然だった闇祓いのローブが、ぬかるんだ地面に広がっていた。

あまりにも遠く、果てのない道だった。

「ムーディさん?」

崩壊した建物の瓦礫を越えて、煙の中から疲れ切った様子の彼女が姿を現した。ムーディが生きていることに、ほっと胸を撫で下ろすようだったが、その足元で横たわっているのが死体だと気づくと、すぐに神妙な表情に変わり、さらにそれが自分たちの仲間だとわかると、息を飲んだ。どっと押し寄せた悲しみを反射的に吸い込んだかのようだった。やがて溢れて、周囲の空間が歪みだす。
遺体の傍らに跪き、彼女は血と灰で汚れた青年の顔を拭おうとした。が、彼女の右手はまだ杖を握っていた。
手放そうとするものの、永久粘着呪文をかけでもしたかのように、くっついている。柄を握りしめている指を一本ずつ剥がそうとしていくが、その手も震えていて、うまくいかない。
「む、ムーディさん」彼女はそうしないと、杖を放すより先に涙が零れてしまい、それだけは避けたいみたいに早口で言った。

「なんだ」
「きょうは何月何日ですか」
「さあな、思い出せない」
「私もです」

雨の中で、ふとムーディから顔を背けた彼女の頬を、雫が流れる。なぜかそれだけは雨ではないとわかった。

「きょうが彼の命日なのに」
「いつでもだれかの命日だろう」

彼女の中で一層、膨らんだ悲しみに呼応するかのように、雨脚が強まる。ザアザアと地面や瓦礫を打つ耳障りな音が、自分たちに向かって迫ってくるようだった。
そのとき、彼女の濡れた髪が張り付いた首を見下ろしながら、どういうわけか唐突に、右目を失った日のことを思い出した。
たぶん、あのときも雨で、そばでだれかが死んでいた。でも心はいまよりも正常に機能していて、ただ涙を流したくても、すでに目を失ったあとだった。
思えば、あの日からだ。泣きたいと思わなくなったのも、死喰い人から一目置かれるようになったのも。

「仲間が死んだくらいで泣くな」
「悲しいのに、泣いたらだめですか」彼女の声は苛立っている。
「泣けば、この世界の現実に負けを認めたことになる」
「変ですよ、ムーディさん」

なんで、と彼女はとうとう声を震わせた。

「その弱さはおまえを苦しめるだけだ 」
「なんで、目の前で仲間が死んでいるのに、なにも感じないんですか。ムーディさん、彼の指導係だったじゃないですか」
「泣いたところで死人は帰ってこない」
「でも、だからって、そんなの人間らしくないです。本当に、ただの“駒”みたいですよ。私はそんなの、いやです」

彼女は、当てつけのつもりで言ったのだろうが、それでじゅうぶんだ、とムーディは思う。
すべてを奪っていくやつらへの憎しみや、自分にはもうなにも守るものが残されていない悲しみを癒やす術がないのなら、残された道はひとつだ。
ひどく悲しそうに愛を持て余す彼女に、銀髪の美しい古い友人の面影が重なる。
慈悲の心をもつということは、自分に言わせれば、神が与えたかのごとく試練にさえ思える。鞭で打たれることはなくとも、この世界は彼らにとってどこまでも残酷になるのだ。
ならば、かつては持っていたものの、これ以上、傷つきたくないあまり、彼らに委ねてしまったような自分は、そんな彼らを護る、“駒”のほうが性に合っている。

青年の穏やかな死に顔の汚れは、いつの間にか雨がきれいに流し落としていた。

せめて、いつか、彼らの死が無駄じゃなかったと言えるように。
数を数えるのはとっくにやめてしまったけれど、未来を求めて死んでいった者たちによって作り上げられた、不安定なこの道で、戦い続けるほかない。
そしていずれ、自分もその一部になれることを願う。

ムーディは、彼女のひじの少し上のあたりを掴んだ。立て、と促す。

「怪我を診てやろう、さあ」

引っ張り上げようとしたが、糸が切れた操り人形のように細い身体は重い。
彼女の手から、いまになって杖が零れ落ちる。
戦いのさなか、それをきつく握りしめていた彼女の手のひらは、血にも染まらずこの世界で唯一、白く美しいままだった。


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