こどくなきみのとなり

ここ数日、彼女の様子がどうもおかしい。スネイプが話を振れば応えるものの、ふとしたときに生まれる沈黙が普段と違って、どこか息苦しく感じる。原因は無論、彼女にあるのだが、もっと言えば、この気まずさは、彼女が笑っていないせいであるらしかった。
いつもならば、黙っていても木漏れ日を気持ち良さそうに浴びて、そよぐ風がくすぐったそうにしているのに、いまは膝を抱えて、押し黙り、無作為に芝生を毟っている。連日、そんな調子なので、その一帯だけいよいよ芝生が禿げはじめていた。
「なにかあったのか」スネイプはついに音を上げ、彼女に訊ねた。「最近、様子が変だぞ」
彼女は、視線の端でスネイプを捉えると、先ほどより深く項垂れるようにして額を膝にくっつけ、自分を慰めるかのように靴の先を撫でた。

「……ホームシック」
「ホ、だれが?」
「私が」
「おまえが?」
「うん」

それから数秒後、スネイプの口から出てきたせりふは一言、「へえ」だった。
「なに、その冷たい反応は」と怒るでもなく、彼女からの返事はなく、しばらく沈黙が流れる。その自分の間抜けな声がいつまでも宙に浮かんでいるような気がして、なにか声をかけようと何度か試みているうちに、彼女がもたれていた木の幹から身体をずらし、姿勢を変えた。彼女に背中を向けられる。
しかし、僕にはどうすることもできない、とスネイプは半ば諦めてもいた。クリスマス休暇がやってくるのを早める方法はないし、ならば、元気づけるか慰めてやるほかないのだろうが、どんなせりふも、自分の口からでは嘘臭いと思われる気がする。そこそこ考え抜いた末、もうすぐ昼食の時間だったこともあり、話題を変えることしかできなかった、結局。

「もうすぐ昼食だな」
「食べたくない」顔を背けたまま彼女は、ぼそぼそと喋る。
「お腹は空いているだろ」
「お祖母ちゃんの手料理が食べたい。ほうれん草のお浸しとか、あの、かぼちゃをいい感じに煮たやつとか」
「届けてもらえよ」スネイプはほとんどムキになって言い返す。
「どうやって? 手紙だって……」

手紙だって、私が小屋に持って行くと、ふくろうは逃げ出すか、寝たふりをするんだがら、とさらにいじける。確かに、日本までの距離をふくろうが飛び続け、さらに無事に帰ってこられるのかどうかは疑わしい。
身体を丸め、ますます見えない殻に閉じこもる彼女を見て、「もう勝手にしろ」とスネイプは立ち上がった。「僕は行くからな」
彼女の反応はまたなかった。どんな表情をしているのかも確認できず、もう少しで舌打ちがでるところを、ぐっと堪える。
無視するなら、無視してやればいい。が、なかなか一歩を踏み出せない。
このまま立ち去るか、無理やり連れていくか。スネイプは仕方なく、彼女の傍にしゃがみ込み、「おい」と肩を揺すった。

「その、まあ、気持ちはわかる、たぶん」

彼女はだんまりを決め込んでいるらしい。こうなると、一生懸命、棍棒を振っているのに、いつまで経ってもブラッジャーに当たらず空振りばかりしている、出来損ないのビーターになった気分だ。
だがもう、この試合を放り出すことはできないぞ、と観客席にいる、もうひとりの自分が野次を飛ばしてくる。とにかく棍棒を振れ。そうしてなんでもいいから捻り出して、彼女に声をかけ続けろ。
こういうとき、もし逆の立場だったら、彼女は上手に相手を慰められるだろうと思い、ますます惨めになった。

「おまえは文化も習慣も違うところからきたし、そんなふうに心細くなることがあって当然だと思う。でも、おまえは……」

そこでふと、嫌な予感がよぎった。歯が浮くようなことを口走ろうとしている自分に対して、手遅れになる前に自己防衛本能が働いたみたいだった。あまりに彼女が静かすぎないか、と。
「もしかして、寝てるのか?」彼女の上に身体を乗り出して、様子を覗き込む。彼女ならありえなくはない、と思っていると、スネイプの下で、先に彼女が、くるんと振り返った。寝返りまで、と呆れそうになったが、どうやらそれはちがった。
やっとこちらを向いた彼女と目が合い、「でも、おまえは、の続きは?」と訊ねてくる。その、嬉しそうな笑顔はまるで、構ってもらえて喜ぶ子どもそのものだ。
彼女が発する天真爛漫な明るさに、スネイプは呆れてしまう。「起きていたのか」
がむしゃらに振り回していた棍棒にいつブラッジャーが当たったのか、わからないが、そうそう、これでいいんだ、と安堵する。彼女に不機嫌な顔は似合わない。

「なんかもう、わけがわからないやつだな」
「スネイプは優しいやつだね」
「ただの常套句だ。時間の無駄だった」

そんなことないよ、と言いながら、彼女は姿勢を戻した。木漏れ日に目を細め、吹いてくる風に向かって、身を任せる。腕を持ち上げ、身体を伸ばしている彼女に、「昼食は? どうするんだ」と訊ねた。
「食べる、頂きます」と言うので、今度こそ大広間へ歩き出すつもりで立ち上がり、ズボンの汚れを手で払う。
彼女は、英国料理はもうこりごりだし本意ではないが、お腹は空いているしやむ終えない、といった複雑な様子で唇を尖らせていた。

「でも、私の郵便を拒否するふくろうたちは、職務怠慢じゃない?」

再び芝生を毟りはじめそうな雰囲気が漂い、スネイプは慌てて彼女の手をとり、立ち上がらせた。


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