夢見がましく

子どものころ、祖母に言われるがまま、茄子や胡瓜に楊子を刺して、動物を模して作った記憶がある。
死んだ家族がこれに乗って黄泉の国から帰ってくる、と聞いたときは、わくわくした。白黒写真でしか知らない、ご先祖様や、母が会いにくるものと思い、夜な夜な待っていたのだが、いくら待っても現れず、毎年欠かさず期待しては、落胆した。年を経るごとに、いつしかそれは夏のただの風習になった。
だから、ホグワーツの入学式ではじめて、“ゴースト”を目の当たりにしたときは、これぞまさに、というほど、幼い頃に想像していたとおりの霊魂の姿をしていたので、感動を覚えたほどだった。

真横にだれかが座る気配がした。心配ばかりかけて、申し訳ないなと思う。

「なんだか寂しそうね」
「寂しくないよ」
「うそおっしゃい」
「うそじゃないよ」

だって、この時期の風は、色んな匂いがする。葉を繁らせた草木の匂い、よく肥えた土の匂い、蒸し返す雨の匂い、生徒が横切ると、香付きの制汗剤の匂いもするし、厨房で焼いている肉の匂いもここまで漂ってくる。寒さから身を守り、内に篭るのが冬なら、夏は外に溢れ出す季節だ。彼女を取り巻くものが混ざり合い、ひとつひとつの輪郭がぼやけ、見慣れぬものが紛れても、つい素通りしがちになる。
夏だった。夏の真ん中だ。

「やっぱり寂しいのかもしれない」
「ほらね、なにが寂しいの?」
「ひとりぼっち」彼女は少し思いに耽って、校庭から視線をずらし、空を見た。「では、ないからかな」
「それは、寂しいこと?」
「たぶん」
「変なひとね」

そのとき、背後から風が吹いた。隣でくすくす笑っている少女の髪がなびいて、視界の端に、夕陽の色を流し込んだような毛先が映り込む。
その瞬間、目尻が痙攣した。震えを止めるために一度、目を閉じる。

霊魂の存在を本当に信じようと思ったのは、祖母と精霊馬を作ったときでも、ホグワーツで新入生に向かって悪態を吐くピーブスを見上げたときでもない。
自分の無力さに完膚なきまで打ちのめされ、罪悪感に殺されそうになったとき、こんな自分をいつか許してくれる存在が、必要だった。

「でも、あなたがひとりぼっちじゃなくて、よかった」

彼女の頬を流れるはずの涙が、胸の内側に滴り落ちる。目を開けると、少女が現れてから金縛りのようだった身体の硬直が、消えていた。
首を動かす。顔をむすっとさせたハーマイオニーが、まるで一日中そうしていたみたいに、こちらをじっと見ていた。

「ひとりぼっちじゃないことが寂しいなら、あなたはこの先もずっと寂しいままよ」

思わずその顔を、まじまじと見返す。

「なによ」
「なんでもない、けど、えっと」彼女は辺りを軽く見回したあとで、「ハーマイオニー、さっきからそこにいた?」と訊いた。
「……大丈夫?」ハーマイオニーがどこか深刻そうな顔つきで窺ってくるが、気づかぬふりをしていると、「こんなところにいたら、風邪をひくわ」と言われる。

「そうだね」
「動く気はないわけね」
「うん」
「じゃあ、私もここにいる」

秒針は、彼女を過去から引き離すように時を刻んでいく。変わらぬ季節をまた通ることはできても、同じ場所には二度と帰れない。
それでも隣にだれかがいてくれることを、嬉しいと思う。そんな自分を、薄情だと思ってしまう。
ハーマイオニーは、彼女の隣を陣取るみたいに本当に離れず、真剣な表情で前を見据えている。
己の願望ゆえの幻像ではなく、たしかにそこに存在するのか不安になった彼女は、少女の柔らかそうな頬を指先でちょんと押してみた。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -