11 水滴の行方

ハリーは、図書館に来ていた。
十二月。寮や談話室は、ホグズミードの話題ばかりが行き交い、いやでも疎外感を覚えてしまい、居心地が悪く、ひとりになれる場所を探しにきていた。ロンやハーマイオニーも、ホグズミードが楽しみだろうに、自分のために気を遣わせてしまうのは、いやだった。
惨めな気持ちがそうさせるかのように、ハリーは図書館の奥へと進んだ。ドミノ倒しみたいに並んだ本棚の横を、ずるずると通り過ぎる。古書特有のカビ臭さが漂う。
人気のない場所を探していると、ふと、見覚えのある姿を見つけて、ハリーは声をかけた。棚の前に立ったまま、手に持っている本の頁を、ぱらぱらと捲っている。彼女は、ハリーに気づくと、「あれ」と不思議そうにした。

「こんなところで、珍しいね」
「僕だって、本くらい、読むよ」

ハリーは、持っていた本を、彼女に見せた。クィディッチ・チームのキャプテン、オリバー・ウッドから借りた本だ。
「かしこい、ほうきの、えらびかた」と彼女が表紙の文字を読み上げ、なぜか苦笑を浮かべる。
ハリーが課題以外で読む本といえば、クィディッチに関連するものばかりだが、これだって立派な読書だ、と思う。

「探しもの?」
「そう、先生に頼まれて」

そう言って、読んでいた本を、左腕に抱える。すでに数冊の本をまとめている。細腕には重たそうに見えた。
彼女は、そのまま図書館を出て行ってしまうのかと思われたが、再び棚に向かい、本の背表紙をたどりはじめている。

「それ、僕が持つよ」
「え?」
「貸して」

彼女の腕から取り上げるようにして、本の束を受け取った。一番上に、自分の本を乗せる。こうすれば、せめて彼女が本を選び終えるまで、ここにいられると思ったのだ。
「ありがとう」と彼女が言う。やはり、ハリーが見慣れた、申し訳なさそうな笑みを浮かべていた。

「新しい箒を買うの?」
「そう思ってる、んだけど……」

言いながら、粉々になった木の端や、小枝を思い出してしまい、ハリーの心は悲しみに暮れた。
大事なクィディッチの試合中に気を失っただけでも、大きなショックだった。医務室のベッドで目を覚ました、ハリーの膝の上に戻ってきたニンバス2000の残骸は、どんなに小さくなった欠片も、いまだに処分できずにいる。
「学校の箒じゃ勝てる試合も負けるって、ウッドに言われてるんだ。次の試合までに、新しい箒を用意しなくちゃ」
頭でわかっていても、ハリーが思い焦がれるのは、初試合から一緒に戦ってきた箒の乗り心地だ。
「たしか」と彼女が思い出しながら言う。「こないだのレイブンクローとハッフルパフの試合で、レイブンクローが勝ってた」
「うん。次の試合で僕たちがレイブンクローに勝てば、グリフィンドールにもまだチャンスはある」

今年こそ、キャプテンのオリバー・ウッドが優勝杯を手に入れる、最後のチャンスなのだ。
棚から本を抜き取る彼女の横で、その横顔をこっそり観察していたハリーは、ふいに窓の外の明るさに目が惹かれる。先月は雨が多かったせいか、いまは晴れた空を見られるだけで、心が軽くなる気がした。窓のそばを、塵のような埃が舞っている。

「実は僕、試合に吸魂鬼が現れたところから、あんまり覚えてないんだ」

自分がいつ、空中で箒を手放したのか、なにも覚えていない。いまは記憶がないものの、時間が経てばいずれ思い出すかもしれない、とマダム・ポンフリーは診断した。心配はない、と。
ハリーがただ覚えているのは、母親の最期の声だった。

息子だけは見逃してくれ、とハリーの母は、代わりに自分の命を差し出そうとしていた。それを嘲笑う声が響き、ハリーの絶望感を煽る。
闇の帝王は、ハリーから両親を奪っただけではなく、笑いながら、母を殺したのだ。バカな女だ、と見下していた。母親の悲鳴を、ハリーは忘れられなくなっていた。吸魂鬼がそばにいなくても、頭から離れなくなってしまった声を無理やり無視するようにして、ハリーは彼女と向き合う。すると、少しだけ心が落ち着いた。知らない街をさ迷っていたら、ふいに見覚えのある景色を見つけたときのような、安心感を覚える。

「ありがとう」

ハリーは、腕に抱えていた本を軽く持ち上げる。「みんなに教えてもらったんだ。僕を助けてくれたのは、きみだって」

彼女は、ハリーを気遣うような目で見ていた。

「でも、次はきっと大丈夫だから」と明るい声を出す。「また吸魂鬼に襲われるようなことがあっても、大丈夫なように、ルーピン先生が防衛術を教えてくれるんだ」
「そう、ハリーの歳には、少し難しい呪文だと思うけど」
大人でも習得できない人がいる、と先生は言っていたので、ハリーは驚かない。
訓練はクリスマスの休暇が終わってからはじまる。ハリーは待ち遠しかった。これで、吸魂鬼が近づくたびに気を失ったり、母親の悲鳴を聞かずに済むのだと思うと、胸を撫で下ろすのだった。

>>

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -