09 曇天

バケツをひっくり返したような雨と、殴るような風が吹き荒れるなか、今年もクイディッチ・トーナメントは開催された。
グリフィンドール対、ハッフルパフ。両チームとも、天候に苦戦を強いられ、試合は長引いている。
視界は雨に阻まれ、少しでも気を抜けば、強風に箒が煽られる。選手たちが飛び交う空のすぐ上では、雷まで鳴りはじめていた。歯を食い縛った獣の、うなり声のようだ。
こんな悪天候のなかでも、勝敗をつけなくてはいけない選手たちは必死かもしれないが、観戦しているほうといえば、クィディッチにあるまじき退屈さと戦っていた。
試合はすべて雨のベールに包まれ、実況も風の音に掻き消されてしまう。魔法を施している観客席は雨風から守られているものの、なにも見えない試合を観戦しているというのは、ひどく滑稽ではないだろうか。
スネイプは、進展があるのかどうかのかもわからないクィディッチの試合から目を離すと、真横を向いた。スネイプの隣の席には彼女が座っている。

「なぜおまえが、ここにいる」

平然を装うつもりだったが、やや声が強張った。やはり言葉が棘を持ってしまう。
壁にもたれていた彼女は、じっと目を閉じていたが、スネイプの声には反応を示した。
「クィディッチを観戦しに」とちらりとも顔をあげずに言う。

「まったく観る気がないではないか」
「こんな雨じゃ、なにも見えないよ」
「そもそも、クィディッチに興味がないくせに」

彼女は、心底不思議そうに、「なにをそんなに、いらいらしているの」とスネイプのことを見た。
う、とスネイプは言葉に詰まった。
おまえこそどうして、そんな平然とした顔で話ができるのだ、と知りたくなる。スネイプが力任せに彼女の腕を掴み、乱暴に扱い、睨み合ったことなど、忘れてしまったかのようだった。

『シリウスは私が見つける』

そう言い切ったときの彼女は、スネイプが知っている彼女ではなかった。一瞬、ひるんでしまった自分が、恥ずかしかった。
あのころから、何年も経っている。自分が知らない彼女がいて、当然なのだ。

『シリウスの口から本当のことを聞くまでは、だれにも渡さない』

わかっているのに、なぜこんな気持ちにならなくてはいけないのだろう。
スネイプは、心の中で首を横に振る。いつまで気にしているのだ、と自分に言い聞かせる。過ぎたことをいつまでも気にしているのは、いつだって我輩のほうではないか。
そのとき、ふたりの背後から、「彼女は、わしが呼んだんじゃよ」とダンブルドアの声がした。スネイプが振り返る。一段と高い席にいるので、自然とダンブルドアを見上げることになる。ダンブルドアは、スネイプと彼女を順番に見ると、なぜか微笑ましそうに目を細めた。むっとしたスネイプに対し、その隣で彼女は、穏やかな表情を彼に向けていた。

「気味の悪い雨ですね」
「お主も、そう思うかい?」

スネイプは、ピッチのほうに視線を戻した。午前中にもかかわらず、あたりは夜のように暗い。空に充満した黒い雲が、さきほどより地上に近づいている気がした。
雨は気分が滅入るものだ。けれど、それだけではない。雨に紛れて、なにかがちがった。
決定的な異変を感じたのは、それからしばらくして、両チームのシーカーがスニッチを追い、箒を急上昇させたときだった。ふたりは飲み込まれるように、雲の渦の中に消えた。ようやく勝敗がつくか、と周りと一緒にそれを見上げていたスネイプの背筋を、その瞬間、冷たいものが滑り落ちた。全身の毛が逆立って、胴震いに襲われる。
壁にもたれていた彼女が、同時に、ぱちっと目を開けたことにスネイプは気がつけなかった。
観戦している生徒たちから、声援のような歓声があがっている。スネイプの背後で、ダンブルドアが空を睨み、立ち上がる。そして彼女が、観客席の一番前から、外に飛び降りようとしていた。

ぷつん、と雨の音が消えた。周囲が無音に包まれる。スネイプの全神経が、彼女に集中したかのようだった。
彼女の身体はすでに、手すりの上だった。観客席の外に片ひざをつくような姿勢で、手すりに触れている右手の指先だけで、バランスを保っている。シーカーたちが消えた場所を確認するように、上空を見上げていた。真剣な横顔が見えた。
それから、なにかを探している様子でピッチを眺める。雷に打たれたかのようだったスネイプの身体は、そこでようやく動いた。腕を伸ばす。舌打ちがでる。間に合わない。
届かなかった手が、勢いをつけて、濡れた手すりを掴んだ。あと少しというところで、彼女が飛び降りるほうが早かった。
彼女はすでに、箒に掴まり、上昇している。シーカーたちのあとを追うように、降りしきる雨に逆らい、曇天へ向かっていく。ひどい蛇行運転だった。箒が嫌がってるのだ。
スネイプの鼓膜に、じんわりと激しい雨音が戻った。

「アルバス、まさか…」

彼女の姿も見えなくなり、マクゴナガルがダンブルドアに詰め寄る。教員用の観客席は静まり返っていたが、状況を把握できない生徒たちのどよめきが、雨に混じって聞こえてくる。
「間違いであってほしいが」とダンブルドアが低い声を発した。

「クィディッチの熱気に惹かれて、吸魂鬼が境界線を越えてきたようじゃ」

マクゴナガルの顔が、さっと青くなる。息を呑み、ただ空を見上げるしかなかった。
スネイプがピッチを見渡すと、思ったとおり、収納庫から呼び寄せられた箒が、扉を壊し、何本も外に転がり出ていた。

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