07 ホグズミード

あまりに外がいい天気なので、ロンとハーマイオニーは、いまごろホグズミードでなにをしているだろうと、ルーピン先生の部屋でお茶をしながら、ハリーはふと思った。
僕だけ仲間外れだ。憂鬱な気分がぶり返してきそうになって、ふたりが早く帰ってきてくれたらいいのに、と恋しくなった。
「ホグズミードのこと、本当に残念だったね」
ハリーの気持ちを察してか、ルーピン先生が優しい声で言った。

「はい。でも、仕方がありませんから…」

保護者の許可証がないハリーは、ホグズミードへ出かけていくロンやハーマイオニー、ほかの生徒たちを、ひとりで見送ってきたところだ。これ以上、惨めな思いはしたくなかったから、必死で平然を装った。
「あれは、なんですか?」部屋の隅にある、大きな水槽を指しながら、ハリーは訊いた。見たこともない、不気味な生物が泳いでいる。
「水魔だよ。つぎの授業の教材に使うんだ」
ハリーもルーピン先生も黙ると、水魔が立てる水の音だけが、部屋に響いた。
つぎにハリーは、さきほどスネイプが運んできた、いかにも怪しげなゴブレットに目をやる。ハリーの視線を気にもかけず、ルーピン先生は、煙を上げているその煎じ薬を、また一口飲んだ。

「ルーピン先生は、彼女と、その、お友だちなんですよね」

出し抜けに、ハリーが問う。口に含んでいたそれを、ちょっと苦しげに飲み込むと、先生は首を傾げた。白いものが混じった鷲色の髪が揺れる。
大人の男がするには少し可愛らしい仕草が、ルーピン先生なら自然だ。

「そうだね、まぁ、昔から知ってるよ」

ハリーは、ルーピン先生が淹れてくれた紅茶に口をつけ、そのあいだに、自分がなにを言おうとしているのか、言葉の続きを探した。マグカップを膝の上に乗せて、両手で包む。欠けている縁を指でなぞる。
ハリーがなかなか口を開かなくても、ルーピン先生はなにも言わず、待ってくれている。

「彼女って、どんなひとですか?」
「おや」ルーピン先生が目を細める。「きみたちは、もう二年の付き合いになるんだろう?」
「そう、ですけど」ハリーは口ごもった。

ホグズミードへ向かう生徒たちから、許可証を受け取っている彼女を思い出した。管理人のフィルチが、長いリストを手に、黄ばんだ目をぎらぎらさせて生徒を見張っているのに対し、彼女のチェックはほとんど流れ作業だった。ハリーが知らない男子生徒に、すれ違いざま、「行ってきます」と声をかけられ、「行ってらっしゃい」と返事していた。「気をつけて」

「僕は、彼女のことを、なにも知らない気がします」
その思いは、親しげは彼女とルーピン先生を目の当たりにするたびに、強くなる。
「なにも?」とルーピン先生が意外そうに問う。「そうか」と口元に手をやり、顔を少しうつむく。彼女のことを考えているのだろうか、その表情が、すでにうれしそうだった。

「必ず、幸せになってほしいひと」
「え?」
「彼女がどんなひとか、いま、訊いただろう?」
「幸せになってほしいひと?」
「うん。必ず」

予想していなかった返答に、たじろぐ。答えになってない、とも思った。
微笑んでいる先生を見ていると、ハリーは不思議な気持ちになった。覚えのある、気持ちだ。

「先生は、少し似ている気がします、彼女と」

ルーピン先生が、意表をつかれた顔をする。

「そうかな。どこらへんが、って訊いてもいいかな」
「えっと、笑いかた、とか…」

ハリーの前で、彼女がたまに笑うことはあっても、目の奥の感情はひとつも揺らいでいないのではないか、と思うときがある。笑顔の影に隠れているなにかが、笑うことの足を引っ張っているような、静かな笑いかたをする。ハリーの同級生に、そんな笑い方をするひとはいない。
彼らは、もしかしたら、本人も気づかないうちに、自分以外のだれかのために笑っているのではないだろうか。
だから、彼女が笑いかけてくれると、ハリーまでなんだか優しい気持ちになれた。
彼女のほんとうの笑顔を見たかった。
だけど、彼女が本当に笑ったとき、ハリーと彼女の距離が縮まるどころか、うんと遠ざかった。ハリーはショックを受けてしまった。
僕はきっと、先生みたいに、彼女を笑わせられない。彼女のあんなに嬉しそうな笑顔を、ハリーは想像すらできなかったのだ。

「ハリーは、でも、彼女のことがずいぶん気になるみたいだね」

そう言って、すっと目を細めるルーピン先生に、ドキリとする。

「あ、そろそろ、失礼しますっ」ハリーは立ち上がる。
椅子が慌ただしい音を立て、今度こそ楽しそうに笑い声をあげた先生は、なんだか侮れない気がした。

「そうだね、じゃあまた今夜、ハロウィンの宴会で会おう」

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