06 猫の遊び相手

目の前の皿の上には、焼きたての鶏と豚のパイ包み。どうしてもそれを食べたかったドラコは、左手に持っているナイフを、まずは香ばしく焼き上がったパイ生地に突き刺してみた。
利き腕を封じられて、片手だけでナイフとフォークを扱うのは、思っていたよりずっと難しかった。首から吊るして固定している右腕が、邪魔で仕方がない。
ナイフを押し沈めていくと、感触に変化があり、肉に到達する。肉の断面から、湯気とよく蒸れた肉の香りが立ち上ぼり、食欲がそそられる。
さて、ここからどうしたものか、と考えていると、「手伝おうか」とすぐ近くで声がした。驚き、持っていたナイフが、手から滑り落ちた。

「大丈夫?」
「おまえが来るまでは、大丈夫だった」
「片手では食べづらいだろうね」

落ちたナイフを拾い、彼女はドラコの了承もなしに、空いている隣の席に腰をかけた。ただし、料理の皿が並んでいるテーブルに背中を向けて、通路のほうに足を出している。「それ」と厳重に包帯が巻かれた、ドラコの右腕を見た。

「かすり傷って、聞いたけど」
「これがかすり傷に見えるんだな」
「見えない。少なくとも、折れているよう見える」

確かめるためなのか、彼女の手がドラコの右腕に触れようとしたので、「あ、おい」と慌てて身体を反対側に傾け、伸びてきた手をよけた。

「勝手に触るなよ。ひどくなったら、どうするんだ」
「あれを見て」

見て、と言われて従うのは癪だったが、ドラコは彼女の視線の先を追っていた。彼女は教職員用のテーブルを指差している。

「なにを?」
「空席があるでしょう」
「ダンブルドアはもともと、あんまり夕食に出ないじゃないか」

「もっと、左」と彼女が言う。
ドラコはうんざりしながら、テーブルに沿って左に視線をずらしていくと、フリットウィックとマダム・フーチのあいだに、確かにぽっかりと空いた空間があった。
「ハグリッドが小屋の中から出てこない。この数日間、授業以外はずっと」
「僕のせいだって、わざわざ言いにきたのか?」姿勢を戻し、そういうことなら、と挑むように彼女を睨んだ。
「そうじゃないよ」と彼女が眉を困らせ、悲しげな表情になる。
「じゅうぶんに反省しているから、もう許してあげてほしいだけ」
ドラコは、鼻であしらった。「反省しているなら、どうしてまだ僕のところへ、謝罪しにこないんだよ」
「ハグリッドが謝ったら、お父さんに言って、訴えを取り下げてくれるんだね」
「生憎、もう無理だ。この問題は、とっくに僕の手から離れてる。あとはすべて、父上次第さ」
「なにも感じないの?」

つぎの瞬間、とん、と胸を押される感触があった。ほっそりした右手が、ドラコの胸に添えられていた。
いつの間に? 素振りも見せず、今度は制止する隙がなかった。

「それとも、私の見込み違いだったのかな」

彼女の手を、払いのける。「そう、わかった」と彼女は顔色を変えずに言った。
「食事を続けて」と身体を元の位置に戻す。
ドラコの胸が疼いた。
なにを見込まれていたのか、釈然としなかったが、まるで自分が重大な失敗をしでかしてしまったみたいに、居心地が悪く、なんで僕がこんな気持ちにならなくちゃいけないんだ、と苛立ちもする。
なかなか食事を再開しないドラコを見て、彼女は再び、「手伝う?」と申し出てきた。

「おまえがいると、みんなに見られていて、食べにくい」

彼女がやっと周囲に目をやった瞬間、同じテーブルの生徒たちは、素早く自分の皿に視線を落とした。
「食事中に邪魔して、ごめんね」と立ち上がると、そのまま大広間の出口へ歩いていった。

「あっ、ドラコ!」

彼女と入れ違いに、パンジー・パーキンソンがドラコを見つけて、駆け寄ってくる。さっきまで彼女がいた場所に座ると、「食事をするときは手伝わせてって、言ったじゃない」とふて腐れたような笑顔で、ドラコの顔を覗きこんだ。皿の上のパイ包みを、一口分、スプーンですくうのを見て、その手があったか、とため息をつきたくなる。
そのとき、あれ、と違和感を感じた。

「パンジー、そのスプーン」
「スプーンがどうかした?」
「どこから持ってきたんだ」
「どこからって、ここにあったじゃない。ドラコのじゃないの?」

彼女が歩いていったほうを振り向く。しかしとっくに、大広間に姿はなかった。
それは、落としたナイフの代わりに、彼女が置いていったものにちがいなかった。

「……大きなお世話だ」
「え、なに?」

ドラコの口元にスプーンを寄せて、パンジーが、あーん、と言ってくる。なかばやけになって、「あー」と口を開けた。

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