01 ホグワーツの迎え

ハグリッドが貸してくれたコートを上掛け代わりにして、ハリーが床の上に横になってから、ずいぶん時間が過ぎた。嵐が去りはじめているらしく、外もだいぶ静かになった。寝入ってすぐに聞こえだしたハグリッドのいびきが、規則的に小屋の空気を震わせている。
だけどハリーは、ぜんぜん気にならなかった。眠るのが惜しいくらいだった。

(まだどきどきしてる…)

顎の下あたりまでコートを引っ張り上げて、確かめるように両手でぎゅっと握りしめる。
目を閉じる。すると、睡魔を叩きだして、頭のなかが“ホグワーツ魔法魔術学校”のことでいっぱいになり、興奮してしまうのだ。まだ見ぬ未知なる世界へ、憶測やら妄想が混ざり合い、どこまでも広がっていき、まったく収拾がつかなくなる。
仕方なく身体を起こした。やはり寝床が悪いのか、背中に若干の痛みを感じた。
今夜のことはすべて夢だったのではないか。火の消えた暖炉が目に留まると、そんな恐ろしい思いにかられた。

「どうかした?」

ハリーの背筋が、声に押されたかのように、ぴんと伸びた。扉の近くの薄暗がりに、彼女が立っていた。
「あ」ひとりではなかったことに驚いたし、ハリーは急に緊張してしまう。
「あの、眠れなくて…」
「そう」
それだけ交わすと、ハリーに追い討ちをかけるかのように、気まずい沈黙が流れた。
窓を打つ風の音や、ハグリッドのいびきが、ハリーを鼓舞するように響く。
「あ…」と曖昧に声をかけた。彼女の耳がハリーの弱い声を拾い、「うん?」と首をかしげる。
意外と親身な反応だった。

「訊きたいことがあって」
「私に?」

ハリーはこくんと顎を引く。
「どうぞ」彼女は流暢な英語でそう言って、ハリーが枕元に置いた眼鏡をかけ直すあいだ、欠伸をひとつ手で隠す。

「寝なくて、大丈夫?」
「むしろ、寝すぎたくらい」
「そうなんだ…」

あんまり寝ないひとなのかもしれない。もしかして、僕が起こしてしまったのかな、とハリーは申し訳なくなったが、バーノンおじさんをひねり上げたことについて、ぜひ感想を言っておきたかった。

「君も、魔女だよね? さっきのすごかった」

少年の、無邪気に感動しているような興奮した声を聞いて、彼女が思わず苦笑をもらす。はじめて見せた笑った顔、というより、彼女の感情そのものを、そのときはじめて見た気がした。

「一応、そうだよ」
「ホグワーツの生徒なの?」
「元生徒」
「え、じゃあ、卒業生?」
「うん」

さすがに同年代には見えなかったが、ハリーは驚いた。幼い顔立ちは在学生かなにかだと思っていたのだ。
暗がりに慣れてきた目で、改めて彼女をよく見る。たしかに、あまり抑揚のない表情のせいで大人びているかもしれない。
(いったい、いくつなんだろう。二十代前半くらいかな)
こうして対話してみると、冷淡というより、気だるそうな落ち着いた物腰が印象的だった。

ふと目が合い、ハリーは慌てたように次の質問を口にしていた。
どうしてそんなことを訊いたのかわからない。ただ、はじめて見えてきた両親の面影を、必死に辿りたかったのだろう。

「僕の両親を、君も知ってる?」

彼女は、ハリーの翡翠を思わせる瞳を、ゆっくりと見つめる。外で岩肌を打つ波の音にもかんたんに砕かれそうな声で、ただ静かに答えた。

「ハグリッドも言っていたけど、ハリーは、お父さんにそっくりだよ。目だけは、お母さん」

そう言ったときの彼女の表情を、ハリーはいまも思い出せない。


朝の光で目を覚ます。
嵐は完全に過ぎ去っていた。
ハリーはいつの間にか眠っていたらしい。
彼女の姿が小屋から消えていた。
ハグリッドが言うには、先にホグワーツへ戻ったらしく、ハグリッドと朝食を済ませ、小屋を出る直前、ハリーはつまらない気持ちで彼に訊ねた。

「ハグリッドはホグワーツの番人なんだよね。なら、彼女はなんでここまで来たの? 学校の先生をしているの?」
「いや、彼女は先生じゃねぇ。ダンブルドアのご配慮で、ハリーに会いにきたんだ」
「僕に? わざわざ?」
「魔法界の人間なら、みんなわざわざハリーに会いたいんだ」ハグリッドはそう言うときだけ、ハリーから視線を逸らした。
「なら、ホグワーツに行けば、また会える?」
「どうだかなぁ」
むつかしそうに首をひねる。その仕草に、ハリーは不安になる。
彼女ともうこれで会えないのは、とてもさびしい気がしたのだ。

「さぁ」と話を打ち切り、ハグリッドが妙に張り切りだしていた。
「今日は忙しくなるぞ、ハリー。魔法の杖や教科書を、買い揃えに行くんだぞ」
「うん」
どこに買いに行くのかまだわからないけど、少し元気が出てきた。昨夜のどきどきが、また胸を躍らせる。
ハグリッドのあとに続いて、日が昇ろうとも薄暗いボロ小屋から、晴れ渡る空の下へ、ハリーはついに足を踏み出した。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -