11 スリザリンの継承者

魔法薬学の授業で使う、部屋の扉を開けながら、スネイプは呆れた声を出す。
「あの男はなにもできないくせに目立ちたがりで、秘密の部屋など知っているわけがない」
そんなことはあの場にいた全員が知っている、と、どうやら、機嫌の悪いスネイプのあとにつづき、彼女も教室に足を踏み入れた。そのとたん、暗い森にいるような独特な臭いが鼻をつく。

「もしかしたらってことも」
「だから、おまえには、人を見る目がないのだ」

言い返そうと、口を開く。だがよく考えてみると、代わりに小さな笑いが胸をくすぐった。
「なにが可笑しい」眉間を寄せ、スネイプが訊いてくる。
彼女は力が抜けたように微笑み、「そうかもしれない」と肩を落としてみせた。

「それで」

気を取り直し、「なにからはじめれば」と彼女が訊ねる。沈黙が流れ、なぜか疑わしげな眼差しを向けられている。
「どうしたの」
「我輩にはやることがある」
「え、行くの?」
「ここはおまえに任せる」
「まって、スネイプ、それはちょっと」
「どうせ、ひまなのだろう」
寮監も担うスネイプに比べたら。
「時間はあるけどそういうことじゃなくて」
すでに部屋を出ていこうとしているスネイプにひやっとし、なんとか引き止めようと、必死になる。
「蘇生薬の調合は? 学校で習ったっけ?」
「授業で実習はしなかったが、教科書には載ってた」
「な」その記憶力に驚きつつも、「何年生だったときの教科書?」と訊いた。

するとスネイプは考え直してくれたのか、教壇のほうに進み、杖を取り出して軽く合図を送った。反射的に身構えてしまったが、羊皮紙が二枚、机の上に滑り込んできただけだった。
素っ気ない羽根ペンを手に、スネイプがかりかりとなにかを書きはじめた。
話しかけていけない気がしたし、我慢していたが、次第に気になって、仕方なくなる。机の向かいからそっとのぞいてみると、「手元が暗い」と言われ、なにもわからないまま一歩、後ろに下がった。

「そういえば、ロックハート先生の“決闘クラブ”で、助手を引き受けていたよね。聞いたよ。変だとは思ったけど、生徒の前で、憂さを晴らすためだったの?」
「個人的な恨みはない。あれは事故だ」
「どっちでもいいけど、ちょっと見たかった」

そこでスネイプが、お喋りはここまで、というように、書き終わったらしい一枚目の羊皮紙を、前に突き出してきた。

「もしかして、薬の材料?」
「足りないものは、我輩の保管庫にある。ただしよけいなものは触るな。準備しているあいだに、二枚目も書き終わる」

二枚目には、蘇生薬のつくりかたを書いてくれるつもりなのだ。
「そんなことしなくても」羊皮紙に目を通し、思わず言っている。

「調合が載っている本を、貸してくれたら」
「教科書や参考書に完璧な調合過程が書いてあることは、稀だ」

それらの著者と彼らが積み重ねてきたであろう努力を、名刀で斬り捨てるようなきっぱりした言い方だった。
感心半分、呆れ半分、「そう」と羊皮紙に視線を戻した。
空白の余裕はたっぷりあるのに、スネイプの字は相変わらず一文字ずつがどこか窮屈そうで、神経質そうな印象を覚える。

「いまのせりふ、前にも聞いた気がする」

スネイプはもう聞いてない。その頭のなかにすべて記憶しているのか、一度も淀むことなく、ペンを走らせつづけている。
室内に視線を逸らし、メモを見直す。
「わからないことは、いまのうちに訊け」顔もあげないままスネイプが言い、彼の机の前に立っているし、「じゃあ」と授業中に挙手するような気分だった。

「ジニー・ウィーズリーは、生きて帰ってくるかな」

なめらかだった羽根ペンの動きが一瞬、ぴくりと止まったのを見逃さない。
そんなことはだれにもわからないし、無視されるだろうと思っていたら、「我輩もおまえも、いま出来ることをするだけだ」と返事があった。

「変な気は起こすな」
「なに、それ」
「念のために忠告しておく。ここで大人しく、石化された人間のために、蘇生薬を調合しろ。おまえにいまできるのは、それだけだ」

スネイプが釘を刺す。
相手が、秘密の部屋をひた隠すホグワーツ城だと、本当にそんな気がしてくる。

「魔法薬学は、あんまり得意じゃなかったんだけど」
「知っている」
「知ってて……」
「苦手だと避けているから、いつまで経っても成長できんのだ」
「最初はどうかと思ったけど、スネイプにとって、先生は意外と適職なのかもしれないね」

睨んでくる視線をわざと避け、メモの一行目を読み直し、彼女は真鍮の鍋を探しはじめた。

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