07 失敗った煎じ薬

普段より豪華な夕食を終え、ドラコは先に談話室で一休みしていてが、クラップとゴイルのふたりがなかなか大広間から帰ってこないので、仕方なく、重い腰をあげて様子を見に行くことにした。
授業は冬休暇に入り、生徒がこぞって家に帰りたがった結果、ホグワーツに残っている者を集めても一学年に満たない。秘密の部屋の騒動もあり、休暇直前ハッフルパフの男子生徒と、グリフィンドール憑きのゴーストが新たな犠牲となったせいかもしれない。

大広間には、しかしだれも残っていなかった。華やかなクリスマスツリーや、飾りつけはそのままなのに、いまとなってはよけい寂しげに見える。
あのふたりなら最後まで残って、クリスマスのご馳走をバカ食いしていると思ったのに。
クラップとゴイルの行き先がわからず、ドラコはなんだかイライラしてきた。

「マルフォイ」

寮に戻ろうとしたとき、声をかけられた。
「だれか捜してるの?」大理石の階段をおりてくる彼女は、白のシャツブラウスの上に、マフラーのようなものを肩に巻いていた。
「関係ないだろ」彼女を見ずに答える。
「じゃあ、後片付け手伝いにきてくれたんだ」
「だれがっ…なんで僕が、おまえの仕事を手伝うんだよ」
「ちょっと言ってみただけ」

ドラコの前を通り過ぎると、彼女は上座のほうへ向かった。すれ違ったあと、かすかな甘ったるい匂いが、鼻をくすぐる。
ふいに彼女が、手を合図のように振った。なにをしたのかと思い、大広間を覗くと、天井を縫うように飾られたヒイラギとヤドリギの小枝が、ひとりでにふわふわと、魔法の空から降ってくる。
上を見上げたままつい見惚れていたドラコは、はっと気づいて、彼女に視線を戻した。

「僕の父上のことを、個人的に知ってたのか」

だから、と言ったとき、彼女がこちらを振り向いた。

「だから、僕の名前がマルフォイだと知ったとき、おまえは足を止めたんだ」

記憶を辿るかのように首を傾げてツリーを見上げていた彼女が、あぁ、とのんびりした声を発する。
「本屋の中から、私とお父さんが話しているのを見てたんだね」
胸がどきっとする。図星を突かれたからではなく、彼女がはじめて表情を緩めたからだ。

「見たくて見たわけじゃっ…」
「お父さんに、訊けばいいのに」
「僕はおまえに訊いてる」

おもむろに、彼女は近くの椅子に腰を下ろした。「知り合いといえば、知り合いだけど」
「なんで、おまえと僕の父上が、知り合いなんだよ」
「昔、ちょっと」

説明にもなっていない、曖昧な説明に続きを待っていると、あとは察してよ、というように、彼女が視線を寄越してくる。
真剣な眼差しにたじろいでしまいながらも、「ありえない」とドラコは声をあげていた。

「父上には、学生のころから母上がいるんだ」

彼女と話している、父上の嬉しそうな横顔が忘れられない。
別れ際あんないとおしげに、彼女の手に触れてほしくなかった。人通りも多い道端なのに、父親はあのまま彼女を引き寄せてるのかと思ったのだ。
あれが大通りでなければ、と思うとさらにぞっとする。

「おませさん」
「は…?」
「いま、変なこと考えてた」

「お」顔が、今度はかっと熱くなる。「おまえが、紛らわしいことを言うから、僕はただっ」
「私はむしろ、なにも言ってないよ。マルフォイが勝手に…」
「もういい、聞きたくない」
愚かな想像を、一瞬でもしてしまった自分が恥ずかしい。
「そんなに怒らなくても」余裕のかたまりみたいに、彼女は涼しい顔をしている。
途方もない疲労感を覚え、談話室に戻ろうとしたら、ふふ、と忍び笑いが聞こえた。「ごめんね」と本当に悪いと思っているのか、彼女が軽い声で謝る。
さっきよりずっと、本当の笑顔に近かった。

「ゆるさない。恥をかいた」
「私しかいないんだから、いいじゃない」
「そういう問題じゃないんだよ」
「マルフォイが想像しているようなあいだじゃないから、安心していいよ」
「う、うるさい、僕はなにも想像してない」

ドラコは慌ただしく、逃げるように駆けていってしまった。「…変なやつ」
地下のきんとした冷気が、ドラコの頬に心地よかった。

だれもいなくなった大広間で、彼女はふと息をついた。
あの余裕のなさが、なんとも可愛らしい。彼の父親にはなかった少年の幼さをついからかい、その危うさのせいか、妙に、ドラコ・マルフォイを気にかけてしまう彼女だった。

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