プロローグ

金色の彩を持つ、それは何物にも断ち切れぬ絆であった。
世界は、果てなく続く闇の中。杖を握る彼らは、いつも自分以外のために、その力を奮ってきた。
そこに、守るべき友がいた。ちいさくも力強い、「未来」を信じていた。

闇に囚われようと、忘れさえしなければ、希望はいつも共にあり、行くべき道をそっと照らし続ける。

彼らは知っていたのだろう。
守られた命は、なにがあろうと、生かなくてはならない。

長い夜が明けた、朝だった。眠り続けた彼女を待っていたかのように、物語ははじまる。

ハリー・ポッターが十一歳を迎える誕生日は、目前に迫っていた。






窓枠に吊された、真っ白いカーテンが、そよ風に揺れている。窓辺で一羽の白鳩が羽を休めていた。やわらかい日差しは、その羽毛を絹のように輝かせる。
白鳩は、決して部屋のなかに入ってこようとしなかったが、首を伸ばす独特の仕草は、カーテンの隙間が気になり、室内を窺っているようだ。

ふるり、睫毛が震える。

彼女は目を覚ました。霧の中に立っているかのような不安感を覚え、じっと目を凝らしていると、次第に白い天井が浮かびあがってきた。
頭が重く、横になっているのに、全身がだるい。まるで体中が、錆びついてしまったかのようだ。
ぼんやりとする頭を、右に少し、傾けてみる。首の骨が軋む。
ここは? 部屋の模様に見覚えはない。
彼女が横になっている壁際のベッドしか家具はないらしく、やけに広く感じるが、ひどく殺風景で、さびしげな静けさに包まれている。
床のタイルも、壁紙も、シーツも、無機質で、全てが白い。
次は反対へ、左に首を傾けてみると、部屋にたったひとつある窓を見上げることができた。室内を窮屈と感じないのは、極端に家具が少ないせいか、この窓のおかげだろう。カーテンも吊ってある。
白のカーテンの隙間から、陽が差して、彼女の身体の上に光の線が伸びていた。
彼女は、起き上がり、もっとよく外を見ようとしたが、身体が思うように動かず、歯を食いしばった。
何年ものあいだ、冷凍庫に閉じ込められていたかのように、全身の筋肉や関節が、カチカチに固まっているのだ。なんとか上体を起こせたときには、額に汗が滲んでいた。

まだぎこちない指先を、カーテンへと伸ばし、手繰るように引き寄せる。
慌ただしい羽音と共に、目の前を突然、影がよぎった。驚いて、彼女はとっさに目を閉じた。
そこに、地球の吐息を思わす、やさしい風が部屋に舞い込む。墨を流したような彼女の黒髪を攫い、誘うようにふわり、と撫ぜてゆく。
おそるおそる、目を開けてみると、たちまち眩しい光が目に飛び込んできて、心地よい痛みと懐かしさに襲われた。やがて目が慣れてくると、窓の外の景色が、光の湖上に浮かび上がるかのように、現れた。

――空だ。

嘘みたいに濁りのない青色が、果てなく続いている。また、風がふいた。豊潤な風が彼女にぶつかったとたん、頭の中にも拡散して広がり、混乱していた思考がシンプルになる。
遮るものはなにもない空を、羽を広げた一羽の鳥だけが、遠ざかるようにして飛んでいく。
眼下では、猛々しい木々の葉が白い光を弾いて、まるで祝杯を挙げるかのように輝いていた。風に揺れて、木漏れ日が奏でるさざ波のような音は、この世を平和とその穏やかさで満たしていた。
苦しみや、悲しみは、過ぎ去ったのだ。
暗い影は過ぎ去った。ここは、人々がようやく手に入れた世界だと彼女は悟った。
あれほど夢にみた世界。太陽が輝き、突き抜けるような青空。
こんなにもうつくしくていいのだろうか。静寂と光に聞き惚れる彼女の頬を、涙が伝っていた。
流れた涙は、二度と戻らず、跡を追うように次々と溢れて、白い頬を濡らしていく。あごに溜まり、滴るそれを構いもせず、まばたきさえ忘れた。
際限なく広がる青空に心を囚われてしまったかのように、彼女は窓の外を眺めていた。

「目が覚めたかい」

碧い瞳にこぼれそうな憂いを湛え、ダンブルドアがそっと、声をかけた。
彼女は、ダンブルドアの声にも振り返らなかった。眠りについたとき、成長も止めた身体は、ひどくか細い。

「すべて、終わったんですね」

掠れた声は、震えるのを懸命に抑えていた。
あまりに痛々しかった。儚げな姿に、彼女がこのまま消えてしまいそうな気がして、不安になる。


「これから、なんじゃよ…」


その前に、お主にはすべてを話しておこう。
ベッドの縁に腰をかける。ダンブルドアは、ようやく彼女の瞳を捉えることができた。

人肌のような温もりで包む非情な光の中で、その瞳には、もうじゅうぶんすぎるほどの哀しみで溢れていた。




何物にも断ち切れぬ絆とは、取り残された鉄の鎖でもある。

忘れられぬ愛しさは、その心を、動き出したすべてと引き裂いて、彼女を縛りつけるだろう。
それでも廻りだした歯車を、止めるすべはもうない。

華奢な肩に背負ってゆくのに、その鎖は少し重過ぎる。


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