05 朝の目覚め

口の中で欠伸を噛み殺すと、涙が出た。周りの肖像画から聞こえてくる寝息が、迷惑なくらい、彼女を夢の中に引き戻す子守唄だ。
部屋に降り注ぐ朝日は、生まれたてのように白い。不死鳥のフォークスが羽を擦る音や、壁ぎわの棚にコレクションされた、骨董品のような絡繰りがかすかに音を立てている。どれもマグル産に見えたが、人の手に触れず絶えず稼働しているところを見ると、なにか手を加えてあるのだろう。
マグルの技術と魔法使いの力を融合した、品々は、とてもダンブルドアらしい、と思った。
彼の気配に囲まれていると、ベッドの中でまだ毛布をくるまっているような心地を覚える。目元に残る眠気に身を委ねそうになったとき、部屋の扉が開いた。

「おはよう。呼び出したのに、待たせて申し訳ないのう」
「いえ、おはようございます」

椅子から立ち上がろうとしたら、そのままで、と手で合図され、浅く座りなおす。
自分の前を通り過ぎるダンブルドアを、姿勢で追う。彼はまっすぐ不死鳥の止まり木に近づき、労るようにその身体を撫ぜた。
生まれ変わる時期が近いのか、フォークスは首を伸ばし、自分の嘴で羽の内側を掻いていた。

「ココアを一杯、いかがかな。それともコーヒーのほうが?」
「お気遣いなく」

目をぱちぱちさせ、小さく息を吸い、彼女は背筋を伸ばした。

出てきたマグカップは、手で持つと少し熱いくらいだった。湯気が立っている。長くは持っていられず、近くにあったテーブルに置いて冷めるのを待つことにする。
ココアの甘い匂いが部屋に広がっていった。
執務机の前に席つき、ダンブルドアは嬉しそうに、しかも少し大きい自分用のマグに息を吹きかけている。
その無邪気さはただの子どもに似ていて、微笑ましく思いながら、彼女は話がはじまるのを待った。

「昨夜遅くに、ミセス・ノリスに続き二人目の被害者が出た。コリン・クリービーという、一年生を知っておるかい?」

頭の中で記憶を検索してみる。コリン・クリービー。
「ハリー・ポッターの熱狂的なファンで、いつもカメラを持っている少年じゃ」
「あ」
名前は知らないが、心当たりはあった。ハリーと中庭にいたとき、いきなりフラッシュを焚いた、あの子だ。

「やっぱり、石のようになっていたんですか?」
「さよう。とはいえ、朝まであのままでは可哀想なことをするところじゃった。わしが発見して、幸いじゃ」
「ダンブルドアが? 夜遅くにどうして」
「あったかいココアが飲みたくなってのう」

にこりと笑いかけられたが、本当か嘘かわからない。
ダンブルドアは大好きなココアに口をつけて、ほうっと幸せそうなため息をついた。口髭が邪魔そうでないのが不思議だ。
彼女の表情もわずかに和らぐ。

「コリン・クリービーのほうは、どうして夜中に寮の外にいたのでしょう」
「そばに、お見舞いのフルーツが落ちておったから、ハリーのところへ行く途中じゃったんだろう」

彼女の口から、苦しげな声が出てしまった。ハリーは昨日のクィディッチを終えてから、医務室で休んでいるのだ。問題は試合中に腕の骨を折ったことではなく、骨を治そうとしたロックハート先生がハリーの腕を骨抜きにしてしまったことでもない、いまは。
「昨日のクィディッチでは、ブラッジャーがハリーばかり狙っていたと聞きました。それがぶつかって、腕を骨折したんですよね」
また、だれかがクィディッチの試合中に、細工をしたのだろうか。
昨年もそうだったように。
思い出そうとしたわけではない。彼女の脳裏に、クィレルの死顔が浮かんでいた。肌の皮膚が崩れ、焼き切れていた腕の先の手は、形すら残っていなかった。彼女が知っているなかでも、酷い死に方だったと思う。痛みは尋常でなかったはずだ。苦しかったはずだ。
自分がここではないどこかへ行ってしまう前に、頭を振る。目についたマグを手に取り、口元に寄せると、甘い匂いが少しだけ彼女を冷静にしてくれた。
ココアはもう、ちょうどよいぬくもりになっていた。

「考えることが多いと、甘いものがほしくなるじゃろう?」

彼の穏やかさをそのまま形にしたような、優しげな碧い瞳が、自分を見ていることに気がつく。


「ブラッジャーの件は、まだ詳しく調べる必要がある。しかし、ミセス・ノリスとコリン・クリービーが、開かれた秘密の部屋と関係していることは、もはや疑いの余地なしじゃ」

ダンブルドアは慎重な口調で続けた。

「先生たちも、全力で、秘密の部屋のありかを探してくださっておる。生徒の被害者が出たいま、魔法省も黙っておらん。なにかしら手を打ってこよう」
「ハリーの風当たりも、ますます強くなりますね」

ハリーがスリザリンの継承者だなんて、彼女も思っていない。だが多くの人間がうわさを信じている限り、被害者が増えれば、ハリーはますます孤立してしまう。
ダンブルドアも同じことを考えていたのか、孫を心配するような顔つきで、彼女を見ていた。

「ハリーを、守ってくれるね」

自分がどんな顔で頷き、「はい」と答えているのか、彼女は知りたくもない。

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