04 秘密の部屋

ハリーたちは、絶命日パーティーを楽しんでいるころだろうか。彼女はふと、そんな話をしたことを思い出した。
大広間のハロウィンパーティーに参加せず、三階の女子トイレで立ち往生している。さきほどから泣きつづけている女子生徒のゴースト、マートルは、一向に泣き止む気配がない。というより、すでに肉体を失った身体は流す涙も残っていないはずだが。それを言ったら、より泣き声がひどくなった。
思いつく限りの慰めの言葉は、とうの昔に尽きた。マートルが泣き出すたび、住み着く女子トイレは水浸しになり、いまこうしているあいだも廊下まで溢れ出ている。
人のように泣けぬ代わりなのかもしれない。
水を抜くのは簡単だが、水源を止めなければキリがなく、それはもう、去年でじゅうぶん経験済みなのだ。

「私の気持ちが、あんたなんかに分かりっこないわ…!」

マートルは顔を覆っていた手をずらし、壁に寄りかかる彼女を睨んだ。その視線だけで、呪いをかけられそうな、恨めしい目だ。
何十回、何百回と聞かされてきたせりふに、のどまで出かかったため息をなんとか飲み込む。
ならばひとりになりたいのかと、この場をあとにしようとすると、マートルはまた大きな嗚咽をあげだし、退場もしにくくなる。

「泣いてばかりじゃ、わからないよ。きょうは、どうしたの」

大体の予想はついているものの、それを聞かないことには、先に進まないのだ。いつもの通り。
マートルが顔をあげ、一瞬だけ覗いた顔は、よくぞ聞いてくれた、といわんばかりである。
ビーブズが、とか、ひどい、とか泣き声に混じって断片的な単語がなんとか聞こえてきた。この調子だと、自分までこんなところに住み着いてしまいそうだ。


大広間では、各自寮に戻る生徒たちの大移動がはじまるころ、「ねぇ」とマートルがずいぶん落ち着いた声を発した。
この水漏れをなんとかしたら、大広間の後片付けと次の予定を考えていた彼女は、少しほっとする。

「うん」
「死後の世界って信じる?」

藪から棒だが、虚ろな目と目が合うと、さあ、と首を傾げるのもなんだかためらわれた。
「死後の世界」
想像してみる。地球ではないどこか、しかしだれもが懐かしいと感じる場所を。そこではみんなが、穏やかに笑っていて、つらかったことや、苦しかったことから魂は解放されるのだ。
死んだことがないので、わからないが、そうあってほしい、と思った。せめて。
そこで、思わず苦笑した。天国だろうが地獄だろうが、生きている人間を慰めるためにすぎない。
「私は、信じてるのよ」そう言ったのはマートルだ。宙に浮かび、憑き物が落ちたような顔で彼女を見下ろしていたが、妙な迫力があった。
湿った声が、じどりと鼓膜にまとわりつく。

「そこは私が行けなかった場所」
「行けなかった?」
「どうしてまだ、こんなところにいるのかしら」

マートルは女子トイレを見渡す。死後自分を迎えにくるはずだっただれかに、不満をぶつけたいのかもしれない。

「…この世に未練があったから、とか」
「あったのかもしれない。でも、もう思い出せないわ」

どんな心残りも、死んだらぜんぶどうでもよくなってしまうのよ。
女子トイレのゴーストは、寂しげにつぶやく。ついでにまた感情が昂ぶってきたのか、奥のほうで水の音がし、彼女の足元まで波紋が広がってきた。濡れた靴先にぶつかって、足元の世界が歪む。
死は人を無に還す。だったら、死こそ救いではないのか。
その考えがよぎったとき、ぞっとした。死を羨望して、肺に暗い影が満ちてきたかのような息苦しさを感じたが、同時に、彼女はひさしぶりに心の平穏を覚えていた。
簡単な問題の解答にやっとたどり着けた、清々しささえ、あった。

「さっきから、なんだか騒がしいわ」

たしかに、ぱしゃぱしゃと水溜まりのなかを歩く足音が、女子トイレの外から聞こえてくる。最初はただの通りすがりだろうと思いきや、ただならぬ緊張感を扉越しに感じる。何事だろうか。
ここにいても外の熱気や息遣いがあまりに生々しく、彼女はついさっきまで自分が本当に死んでいたのではないか、と疑わずにはいられなかった。

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