03 赤毛の少女

授業がはじまってもまだ、校舎の中を迷っている新入生を見かけ、教室に案内する。その数が去年と同様、あまりに多いので、廊下に案内板でも立てればいいのかもしれない。
ひさしぶりに顔を合わせた、双子のウィーズリーには、「今年は負けないよ」と先に指を差され、よけいな手を煩わせないでほしいと思いつつ、彼女も日々の勤めを果たしていた。さらに笑顔と武勇伝の傾聴を強要してくるロックハート先生も厄介になりつつあり、風邪気味で動き回るフィルチさんのことも心配だ。
野菜畑の世話もままならない。彼女は、野菜の成長をのんびり見守っていくのが、読書の次に好きだった。花壇もそうなのだが、土をいじっていると、遠い昔を思い出す。それはもう夢のように遠い、昔のはなしだ。
畑には極力、魔法の類いを使わないようにしている。だから、ハグリッドがこっそり魔法を使って育てる、ハロウィン用の巨大かぼちゃとは比べものにならない標準サイズばかりだ。それでも自分の育てる野菜というだけで、愛着があった。

ある晴れた日、そろそろトマトを収穫する頃合いかななどと考えながら、彼女が野菜畑にやって来ると、畑の外にうずくまるような人影があった。トマトに負けず劣らず、艶やかな赤毛がまぶしい、女子生徒のようだ。手元に本のようなものを開いている。
「こんなところで」
読まなくてもいいのに、と言いきる前に、声をかけられて驚いたのか、女子生徒が「ひっ」と声をあげた。
「ごめんなさい」と慌てて立ち上がり、閉じた本を背後に隠す。怪しい挙動だったが、あまりに必死だったため、他人に見られたくないものなのだろうと思い、背中に回した手から、目を逸らした。
少女の顔を真正面からとらえる。顔つきや背丈から、新入生だろうと察しがつく。見つめているうちに、だんだん頬のあたりが赤くなっていった。
「えっと…あの…」言葉を探している様子だ。
顔の横で髪を留めた、垢抜けない健気なヘアピンが、どうにも女の子らしい。
「ごめんなさい」
肩を落とし、少女はまた言った。

「怒られるようなことを、していたの?」

もげて飛んでいくんじゃないか、と心配になるいきおいで、首を横に振る。

「名前は」
「ジニー、です」
ロンの妹の、とジニーはほとんど口籠もっていた。
「まだ兄妹がいたの」彼女が驚いて声をあげる。
「私が末っ子よ、たぶん」

ウィーズリー家はいったい何人兄妹なのだろう、と頭のなかで指折り数えている途中で、「あなたのことは、兄さんたちから聞いたことがあるわ」とジニーが言った。それも、話す兄弟によって、内容がずいぶん変わるのではないだろうか。

「そう」
「ここの畑も、あなたが育てているの?」
「そうだよ」
「本当に? ここを全部? あっ」

彼女はジニーの横を通りすぎ、畑のなかに足を踏み込んだ。支柱を添えたトマトの茎は、彼女の身長を越えて、丸々と膨らんだ赤い実を吊している。やっぱり収穫しようかな。
背後を振り返ってみる。
ジニーは畑の境目で佇んで、こちらをじっと見ていた。

「お手伝いしてもいい?」
「え?」

なぜ畑仕事なんて手伝いたがるのかわからなかったが、彼女は申し出を断る理由もなかったので、了承した。予想外だったのは、次の日もジニーが野菜畑にやってきたことだ。「お手伝い」は、彼女が思っていた以上に、継続的な意味だったらしい。
作業をしながら、自然の流れのように他愛ない話をし、その利発さと愛らしさを、ジニーはぞんぶんに発揮した。

「話はフレッドとジョージからよく聞いていたけれど、思っていたより怖いひとじゃなくて、よかった。本当は少し、不安だったの」

妹とはいえ新入生を不安がらせるなんて、ふたりはどんな話をしたのだろう。照れくさそうに笑うジニーを見て、彼女は半ば呆れてしまう。
そして太陽を見上げて目の奥が脈打つように、胸が生々しい痛みに疼きだす。伸ばしかけの赤毛が陽の光に透き通って、少女の笑顔はひどく眩しかった。

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