00 空飛ぶ車

見慣れないふくろうが窓硝子をくちばしで叩いた。部屋のなかで物思いに耽っていた彼女は、その音で現実に戻ってくる。
顔をあげてみると、窓辺にとまったふくろうは、手紙をくわえて、見開いた瞳でこちらをじっと見つめていた。
椅子から腰をあげ、窓を開けた。

「ごくろうさま」

手紙を受け取る。ふくろうがひと鳴きした。役目を終えた充実で満たされた、ため息のようにも聞こえた。
部屋に戻ってシンプルな封筒を裏向けてみると、右下に差出人の名前がインクで書いてある。
ふと彼女は、部屋のテーブルに出しっぱなしの皿に気がついた。どれくらい前のものなのか、食事だったものが乗っているので、中身をごみ箱に捨てる。そのごみ箱もまた、いまと同じような半ば腐りかけたもので、いっぱいになっていた。
封筒を破りながら椅子に座りなおす。手紙を読み終わると、彼女は首をかしげた。
ふくろうが窓辺で退屈している。返事をもらうまで、戻るなと言われているのかもしれない。
しばらく思案し、やがて書くものを探しだした。


ホグワーツ魔法魔術学校に戻ってそうそう、校長室に呼ばれた彼女は、「はぁ」と呆れたような、気が抜けた返事をし、「空飛ぶ車ですか」とダンブルドアと顔を見合わせていた。

「ウィーズリーさんは、魔法省にお勤めですよね。“マグル製品不正使用取締局”」
「“マグル保護法”を制定したのは、ほとんどアーサーじゃ。自ら法をつくりながら、同時に抜け穴もつくっておったのじゃろう」
「実際に使用したら違法になるものの、魔法をかけたマグル製品を所持しているだけなら、問題はない、ということですか」
「そういうことじゃ」ダンブルドアがどこか面白がっているふうに答える。
「ところが、父親の空飛ぶフォード・アングリアで、息子たちがハリーをダーズリー家から連れ出したんですね」
真夜中に、と彼女はつけ足した。「無断で」と。

「いまのところ、目撃者もおらんようじゃ。アーサーが尋問されることはないじゃろう」

たとえ空飛ぶ車を見かけたところで、マグルが魔法による仕業だと気づく可能性は、極めて低い。魔法の存在をはなから信じていないせいで、夢をみたとか、見間違いだとか、疲れているんだとか、自分に暗示をかけるように、だいたい自己完結する。
理解できないことを拒み、ときには科学知識で証明をこじつけて。それでも説明できぬことは、神の御業と言われることもある。
そういうマグルの性分は、魔法省には好都合だった。

「なら、ハリーは」
「無事じゃよ。新学期がはじまるまで、このままウィーズリー家に滞在するじゃろう」
「そうですか」

ダンブルドアの横で、深紅と金の羽根がうつくしい不死鳥が金色の止まり木に爪を立て、カチカチと音を鳴らした。二三枚、羽根が抜けて、ゆりかごのように揺れながら床に落ちるまでを眺める。
「それで」ダンブルドアが微笑んだ。
「これからダイアゴン横丁に行くなら」
「え、はい」

どうして知っているんですか、と訊ねるのは、もはや時間の無駄だろうか。
「ハリーもそこにいるはずじゃ。様子をみておくれ」
「はい」
言われるがまま、うなづく。

「おお、そうじゃった」

机の引き出しを引っ張り、一冊の本が机の上に置かれる。表紙をのぞくと、ハンサムだが気障っぽい男が白い歯を見せて、こちらに手を振っている。さいきん、どこかで見た顔だ。しかも一度や二度ではない気がする。
「“私はマジックだ”」彼女は本のタイトルを、声に出して読んでみた。

「なんというか、おもいきりのいいネーミングですね」
「ちょうどフローリシュ・アンド・ブロッツ書店で、このロックハート先生のサイン会があるんじゃよ」
「やっぱり有名な方なんですね」

そう言ってから、え? と声があがった。

「ロックハート、先生?」
「彼が、闇の魔術に対する防衛術の新しい先生として、新学期からホグワーツにきてくれる方じゃ」
「そうだったんですか」
「ハンサムじゃろう。世の女性をいまいちばん、虜にしている男性だそうじゃ」

本を手にとり、表紙の写真を真正面まで持ち上げてみた。著者の名前を確認していると、顔の角度を決めたギルデロイ・ロックハートがウィンクを投げかけてくる。

「私の好みではありません」

彼女は身震いし、本の表紙を伏せて机の上に戻す。
不意をつかれたような顔をしたダンブルドアが、朗らかに笑った。


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