14 賢者の石

部屋の壁に押しやられるようにして気絶している三頭犬の前で、旅行用のローブを身に纏ったままのダンブルドアは、苦笑していた。三つの頭がすべて、鋭い牙のあいだから厚い舌をだらりと垂れている。ハグリッドが見たら、温厚な彼でもきっとショックを受けるにちがいない光景だ。
四階まで一気にやってきたダンブルドアの足取りは、すっかり穏やかな歩みに変わった。

三頭分もの、相手の肝を潰すように吠える鳴き声や、肉を引き裂こうとする硬質な爪を前にしても、彼女は一歩も立ち止まったりしなかっただろう。実際目にした記憶をフラッシュバックするかのように、ダンブルドアにはここで起こった数分前の出来事が、手に取るようにわかる。

「ごめんね」

フラッフィーを気絶させる前に、彼女はそう言った。突き出した手のひらの周りに、空気中の魔力が濃縮される。そして、一気に発射すると、フラッフィーにぶつかって大気が破裂する。恐ろしい番犬は壁まで飛ばされて気を失った。
彼女は手加減を忘れているのかもしれない。
ダンブルドアは床の隠し扉を降りて、奥の部屋へと進んだ。侵入者の身動きを封じる“つる”があるはず場所に、スプラウト先生が特製した「悪魔の罠」は、ほとんど残っていなかった。振り落とされる鉄槌のように強靭な火の力で、すっかり焼け落とされてしまったようだ。ホグワーツの一年生にはここまでできない。
さらに進むと、大量の鍵が鳥のように飛び回る部屋、チェスの部屋は、突破されている以外、変わったところはなかった。これはハリーたちが先に道をひらいていたのだろう。
チェス盤の上の駒たちは、中央のたて列を開けるようにして左右に並び、勝者へお辞儀した格好のまま、ただの彫刻となっていた。
次の部屋につづく扉は、煙も起こさない、紫の炎で阻まれていた。ダンブルドアが杖をひと振りすると、火の手はみるみる小さくなった。部屋の真ん中にテーブルが置かれ、その上にそれぞれ形の異なる七つの瓶が並んでいるはずが、いまは五つしかない。ハリーたちが正しい薬を手に入れたなら、残されているのは三つの毒薬と、二つのイラクサ酒だ。
前方の扉は、黒い炎で覆われている。再び杖を振って、水もなく火を消す。ダンブルドアは、ようやく最奥までたどり着いた。


そこで、彼が探していたものは同時にみつかった。
横たわるハリーのそばで、彼女がへたりこんでいた。その姿は奥に立てかけられた「みぞの鏡」にも映りこんでいる。途方に暮れたようにハリーを見つめる横顔が、部屋のなかに入ってきたダンブルドアに気づき、引きつった。
「先生」
彼女にそう呼ばれるのは、ずいぶん久しぶりだったので、ダンブルドアは瞬きをする。その声に、番犬を気絶させたり、悪魔の罠を全焼させた力強さはない。肩を落として、別人のように弱々しい。白い服は黒く煤け、焼け焦げたような跡が目立っていた。
ダンブルドアがなにか言う前に、「ハリーは無事です」と彼女は先に言った。急いで冷静を取り繕っている。

「気を失っているみたいです」
「守ってくれたんじゃな」
「私はなにもしていません」
「怪我の具合はどうじゃ」
ハリーの身体を、服の上から確かめ、「かすり傷がいくつかありますけど、とくにひどい傷はなさそうです」と報告する。
ダンブルドアは微笑んで、ため息をついた。

「お主の怪我のことじゃよ」

言葉がのどに詰まったような顔をしたが、彼女は「これくらい、なんでもありません」と左腕を手で隠す。
彼女が伏せた視線の先に男がひとり、倒れていた。

「クィレル先生だったんですね」

クィリナス・クィレルは、死んでいるだけではなく、顔の大半が焼けただれた部分から干からびており、経験のないものは直視するのも躊躇われるありさまにまでなっていた。
ダンブルドアはハリーのズボンのポケットの気づき、手を忍ばせると、賢者の石を取り出した。彼女も悲しげな視線をクィレルから逸らし、石を見つめた。

「これから、どうするんですか、それは」

人の究極の欲によって結晶されたその石は、この一年間、自分を巡って起こった騒動などやはり知らぬ顔で、ダンブルドアの手のなかに転がった。

>>

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -