13 魔法省の手紙

ハーマイオニーの身体は、転がるようにして四階の部屋を飛び出した。ハリーの言うとおりに、鍵が飛びまわる部屋から借りてきた箒にまたがって、仕掛け扉も三頭犬のフラッフィーも飛び越えてこれたが、勢い余ってバランスを崩し、箒の上から放り出される。一緒に部屋を脱出してきたロンが、受け身を取れず、「痛っ」と声をあげた。
フラッフィーがハーマイオニーたちを全身で構え、追い出すように吠えだした。その扉の向こうはとっくに侵入者でおかされているというのに、鼓膜を破裂させるような鳴き声が、深夜のホグワーツに響き渡る。あまりの騒がしさにハーマイオニーは扉を閉めて、転がっているロンのところへ駆け寄った。

「しっかりして、頭を打たなかった?」
「大丈夫だよ」ロンは息もたえだえになんとか答えた。
「でも、きみと箒の二人乗りは、もう二度としたくない」
「そうね、言うと思ったわ」

等身盤でのチェスゲームで仲間が先に進むため、自らを犠牲したロンの身体を支える。よたよたした足取りでふくろう小屋へ急いだ。
ハーマイオニーは、これから自分がすべきことを、予習するように思い返す。ふくろう小屋に行き、ヘドウィグを放し、ロンドンのダンブルドアを呼び戻さないといけない。彼さえいれば、そしたら、きっとなんとかなるはずだ。

「ロン、ここで待っていて」

ハーマイオニーは、足を引きずるロンを、通りがかったベンチに座らせることにした。ついさきほどまで気絶していた身体を引きずりまわるのは心配だったし、ひとりのほうが断然、はやい。ロンもわかっているらしく、反対しなかった。
「すぐ迎えにくるわ」
負傷中の友人の代わりに、ハーマイオニーは廊下を駆けだした。
絵画たちも寝静まっている。誰もいない、静寂が張り詰める暗い廊下の角を何度も曲がっているうちに、ハリーをひとりで行かせてしまったことを、後悔しはじめていた。ハリーにスネイプを止められるだろうか。先に部屋に侵入しているのがスネイプだけではなく、例のあの人も一緒だったら……。賢者の石だけではなく、もっと大切な友人までもがあぶない。

「だれか…」

ハーマイオニーの唇が震えた。まだだめ、と思ったときには、すでに視界が涙でかすんでいた。
やっぱりロンを連れてこればよかった。ひとりになって我に返ったとたん、自分たちがしようとしていたことのあまりの無謀さや、恐ろしい結末が頭をよぎり、麻痺していた恐怖がハーマイオニーを襲う。
気持ちは焦っていても、立ち止まったら最後、その場に座り込んでしまいそうだった。使命感と理性とが、なんとかハーマイオニーの足を前へ進めている。
それでも、きつく結んだ唇をこじあけて、隙間からあふれだす。ほとんどあらがえない。

「だれか、助けてっ」

声を聞きつけたのか、廊下の角から首なしニックが音もなく現れた。駆けてくるハーマイオニーを見つけ、「おやおや」と上品そうに驚いている。「いまのはお嬢さんですか」

ニックの身体は、決して手に掴めぬ銀色のもやの濃淡だとわかっていても、ハーマイオニーは泣き出しそうになりながら両手を前に伸ばした。浮遊するニックの身体に指先が触れたとたん、ひやりとした寒気を感じ、彼の輪郭が歪んで、掻き消える。
指の間から、もやがすり抜けていく。私は私の大事な友人までこうして失うのではないか、とぞっとした思いに駆られた、そのとき、ハーマイオニーの手のひらに思わぬ感触がぶつかった。ニックのうしろにいた彼女が、突然、飛び出してきた上に、自分の服をしっかりと掴むハーマイオニーに目を丸くする。「……え、びっくりした」

とっさに声が出ないハーマイオニーの顔を、「こんなところで、なにをしてるの」と訝しげにのぞきこんでくる。

「ハーマイオニー?」
「ハリーが…」

肩の服を掴み、すがりつく。彼女を引き寄せて、揺さぶるようにしてハーマイオニーは声をあげていた。
「お願い、助けて! ハリーが四階の部屋にいるの!」
彼女が眉をひそめる。ハーマイオニーは、さらにまくし立てた。
「私たち、賢者の石を守ろうとしたの。スネイプはもう部屋の奥にいるわ。そこに、いまハリーが」
服をがっしりつかんでいたハーマイオニーの手に、彼女の手が重なり、上から握られる。「スネイプが?」と問う。
「そ、そうよ、スネイプが賢者の石を盗もうと…」
「だれかと、間違えているんじゃない、ハーマイオニー」
まるで取り合ってもらえない。ハーマイオニーは焦ったが、「マクゴナガル先生を起こしてきて」とニックに指示をだす彼女は、頼もしく映った。

「ハーマイオニーは…」
「私はダンブルドアを呼び戻そうと、ふくろう小屋に…」
「うん、おねがい」
「あなたは?」
「私はハリーのところに」
「生きてる人間は、せわしなくていけない」

とつぜん、首なしニックが嘆かわしそうに言った。ハーマイオニーに半透明の胴体をくぐられて、不機嫌なのかもしれない。

「おちおち、昔話もできないですな」
「マクゴナガル先生を起こしてきてって、頼んだよ、ニック」

彼女はひだ襟服のゴーストを見上げ、親しげな苦笑を浮かべる。こうしているあいだにもハリーの命があぶないかもしれないのに、落ち着いたものだ。
緊張感がない彼女を見ていると、もしかしたら、そこまで危機的状況じゃないのかもしれない、と思えてくる。ハーマイオニーは、自分の中に冷静さが帰ってくるのを感じた。
もうさっきのように、パニックにはならない。彼女がいる。
「せっかく生きているのに、人はどうして生き急ぐのか」ニックは哲学者みたいにひとりごとを言い残すと、壁を透り抜けていく。
「私も行くから、ハーマイオニーも急いで」
彼女がハーマイオニーの背中を、やさしく押し出した。再び走りだす気力が湧いて出てくる。
その背中の手が、感情を押し殺すようにかすかだが震えていたことに、そのときは気づかなかった。


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