22 最後の悪戯
「ハリーから、“忍びの地図”を借りればよかったんじゃない?」
「元は僕たちの地図だったんだぜ。ホグワーツの隠し部屋や抜け道は全部、頭に入ってるよ」
「でも、だれがいまどこにいるのか、どこへ行くつもりなのか、地図があればわかるでしょう」
「それはそうだけど、一度はやったものを、また貸せっていうのは」
「ああ、ちょっとダサい」
彼女は笑いも呆れもしない。双子の顔を交互に見て、「少し聞いてもいい?」と言った。
「なんなりと」
「箒の下見をして、なにをするつもりなの?」
フレッドとジョージはお互いの顔を見合わせたあと、彼女に、にっこりと笑いかけた。
「現在のホグワーツ生活と、俺たちを待っている明るい未来の可能性を考慮して、俺とジョージはもう気にしないことにしたんだ」
「なにを?」
「最後の一線さ」双子の声が揃った。
「ダンブルドアもいなくなったし」
「親愛なる新校長にふさわしい、ちょっとした大混乱を贈ろうと思ってね」
「本当はすぐにでも出て行きたいところだが」
「ダンブルドアのためにまず、俺たちの役目を果たす決意をしたわけさ」
「役目」彼女はつぶやいた。
「なにより、派手にやればやるほど、俺たちの新店舗、“ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ店”の宣伝にもなる!」
「ショーの第一幕はずばり、“ウィーズリーの暴れバンバン花火”!」
フレッドとジョージは素晴らしい花火のアイディアたちを彼女に話した。火の粉を撒き散らしながら、バンバンと大きな音を立てるドラゴン花火。空飛ぶ円盤群のようにビュンビュンと破壊的に飛び回るネズミ花火。輝く銀色の星を長々と噴射しながら、壁に当たると跳ね返って予測不可能な動きをするロケット花火。これらの仕掛け花火は、試行錯誤と実験を繰り返し、多少の火傷を負った末に、燃え尽きることがないようにした。
「アンブリッジが花火に麻痺や消失の呪文をかけてくれたらいいんだけどな」フレッドが、いまから待ちきれないというように、わくわくして言った。「麻痺呪文で勢いが増すし、消失呪文で花火が十倍に増えるんだ」
消失呪文をなくしてどうやって消し去ればいいのか、マクゴナガルやフリットウィックには簡単な問題かもしれないが、アンブリッジは手こずるだろうとふたりは睨んでいた。
「どうした?」ジョージは彼女の顔を覗き込んだ。なんだが不安そうに見えたのだ。
「なんでもないよ」と彼女は言った。ただ、最近はなにもせずにずっと部屋にいるせいか、気持ちが不安定になりやすいのだと説明した。
ジョージはなんとなく、グリモールド・プレイス十二番地にいるシリウスのことを思い出した。「僕たちの新しい門出を祝ってよ」と彼は明るく言った。
「新しい門出って、ホグワーツをめちゃくちゃにして、退学になることだよね?」
「そうさ。ただ辞めるだけなんて、つまらないからな。花火が済んでもアンブリッジの婆さんが俺たちを捕まえられなきゃ、おつぎは“携帯沼地”の出番さ。どこかの廊下を沼地に変えるんだ」
「ふたりを城中、追いかけてたころが懐かしい」と彼女は少し頬をゆるめた。「もうできないなんて、さびしいよ」
「そんなことないよ」フレッドが大きな声を出すので、ジョージと彼女は慌てて彼の口に向かって手を伸ばしたが、フレッドは負けじと言った。「きみも素直に謹慎なんか受けてないで、ホグワーツを出ていけばいいのさ」
「たしかに、トレローニーはその気がないみたいだけど、きみもそうじゃないなら、どこだって行けるはずだ」ジョージも言った。シリウスとちがい、少なくとも彼女は、指名手配犯ではない。彼女にとっても、ここに残るよりずっといいはずだった。トレローニーが解雇され、彼女が謹慎処分になった夜のあと、グリフィンドールの談話室が大騒ぎだったことを考えれば。
だれもが口々に、彼女がしたことはどれくらい罪深いのかを話し合っていた。彼女が正義の権化である闇祓いだったこと、闇の魔法使いに対して“死の呪文”は合法だったこと、でも、相手は実の母親だったこと、いくらでも議論の余地はある。彼女を厳格な闇祓いだと讃える者もいれば、やはり非人道的だという者もいた。グリフィンドールの談話室では、程度のちがいはあれど、前者の意見を支持する生徒のほうが多かった気もするが、それがグリフィンドールという寮の特色なのだろう。たとえばスリザリンの談話室では、グリフィンドール生とは異なる見方をする者が大半を占めるにちがいない。闇の魔法使いを多く輩出する寮にとって、闇祓いは仇敵なのだから。
一方、フレッドとジョージはどうでもよかった。過去がどうであれ、いまの彼女をよく知っているし、噂話は時間の無駄でしかない。ハリーが秘密の部屋の継承者かもしれない、と話題が持ちきりになったときも、またしてもハリーが年齢線を破り、“三大魔法学校対抗試合”のひとりに選ばれたときも、そうだ。人の噂に興ずるよりやることがあるだろう、と不思議に思うくらいだった。
「そうだね」と彼女はぽつりと言った。「私はどこへでも行ける」
「気づいてもらってよかった」
「店に遊びにきてよ、ダイアゴン横丁の九十三番地」
「サービスするよ。“基本火遊びセット”が五ガリオン、“デラックス大爆発”が二十ガリオン……」
彼女は笑って、ふたりを遮った。「行くけど、私はきっといいお客さんになれないよ」
その笑顔は、いつかホグワーツに雪が降って、みんなで雪合戦した日のことを思い出させた。彼女の圧勝だったので、二度と挑むことはなかった戦いだ。何度も過ごしてきた冬の、たった一日の思い出だ。
フレッドとジョージも、自分たちの未来は輝かしいものになると信じている。そのために努力を惜しまなかった。そして、現状のホグワーツに見切りをつけて先に去るのは自分たちのほうだということもわかっている。それでも、目前に迫る、ずっと欲しかった自由が、荒野にも似ていることに気づかざるを得なかった。
冷たい風が吹くが、身を守るための木々はもうない。
一年の大半を親元を離れて生活する自分たちにとって、自分たちが鬱陶しがっていた学校や先生たちこそが、その木々だったのだ。
不安なのではない。そんなものは、相方がいればいくらでも吹き飛ばせる。
「まあ、たしかに、少しは寂しくなるかもしれないな」フレッドが、ぽろっと言った。
「だけど、死ぬわけじゃないんだ。少し早めに卒業するだけのことさ」ジョージも言ったが、声音にそれほど説得力はなかった。「こんな湿っぽい空気、俺たちらしくない」
「よかった」と彼女は微笑んでいた。
「なにがだい」フレッドとジョージは同時に言った。
「寂しいと感じるのは、学校生活が楽しかった証拠だと思うから」
フレッドとジョージは肩をすくめた。「反論はしないでおくよ」
「俺たちがちょっとでも感傷に浸ったなんて、だれにも言わないでくれよ」
優しい顔のまま、はいはい、と彼女は請け負った。