18 ザ・クィブラー三月号

みんなが寝静まってから談話室に下りると、縦に長い窓から差し込む、ベッドのシーツのように白い夜の明かりに照らされ、グリフィンドール生で賑わっていた談話室が水の中のように感じられた。

「まだ起きてたのか、ジニー」
「早く寝ないとお肌によくないぞ」

フレッドとジョージだった。窓に背を向ける位置にある、ソファーに並んで腰をかけ、ふたりともテーブルの上に足を乗せている。バタービールを飲みながら、フレッドが紙屑を暖炉のほうに投げるので、目で追うと、せっせと暖炉の周りを掃き掃除をしているしのべ妖精がいた。フレッドが投げた紙屑に顔を上げることもせず、一緒に掃き集めていく。

「我らが麗しの妹よ、眠れないなら、いいニュースと悪いニュースを聞いていくかい」ジョージに手招きされて、瞬時に迷ったが、誘惑に負けて、ジニーはふたりの近くの肘掛け椅子に座ってくつろいだ。

「じゃあ、いいニュースから」
「こないだのホグズミードの日、ハリーとチョウはデートしたらしい」フレッドが歌うように言った。
「それって、いいニュースなのよね?」ジニーは警戒するように腕を組む。
「慌てるな、ダーリン。ふたりは、マダム・パディフットの喫茶店で言い合いになって、泣きだしたチョウが、ハリーを置いて店を出て行ったそうだ」
「わお」ジニーは目をぱちくりさせた。「そうだったの……」
絵に描いたような修羅場を迎えていたことに驚いたが、チョウが去ったあと、カップルだらけの店に置き去りにされ、狭い店内で視線の的になったであろうハリーの居た堪れなさを思うと、さすがに胸が痛む。

「顔が笑ってるぞ、ジニー」

ジョージの指摘を無視し、ジニーは訊いた。「どうしてふたりは喧嘩になったの?」
「居合わせた客の証言よると、客っていっても勿論、ホグワーツの生徒なんだけど、チョウがセドリックの名前が出たらしい」
「やっぱりね」ジニーはそれだけで、自分の推測がすべて正しいのだと確信できた。
「セドリックのことが忘れられないなら、チョウはハリーと付き合うべきじゃないのよ。彼を傷つけるだけだし、セドリックにも失礼だわ」ジニーは熱を込めて喋った。
「おっと」ふざけた調子で、フレッドが口を挟む。「いま、鏡に向かって話してた?」
「はあ?」ジニーの声が上擦った。
「私はマイケルの前でハリーの話はしないし、まあ必要なときは名前くらい出すけど、でも、マイケルのことはちゃんと」
「ちゃんと愛してる? ならいいんだ」
「僕たちは妹の幸せを願ってるだけさ」
行き場をなくした話の続きをなんとか飲み込み、ジニーは兄たちの軽口を、「うるさい」と一蹴した。「で? 悪いニュースは?」
フレッドとジョージが、同時に談話室の壁を指で差した。
そこには、拡大呪文をかけた、“ザ・クィブラー”の表紙の写真がかけられていた。数時間前、アンブリッジに一矢報いたことを祝い、みんなでハリーにインタビューについて詳しい話を聞いたり賑やかにしていたときは、ハリーの巨大な顔が部屋のありさまを見下ろしながら時々、「魔法省の間抜け野郎」とか、「アンブリッジ、糞食らえ」とか大音響で喋っていたのだが、いまは魔法の効力が消え、口をもごもご動かすだけになっている。もちろん、フレッドとジョージの演出だった。

「あれが発売された、つまりきょうのことだけど、ハリーとチョウは仲直りした。雑誌を読んだチョウが、ハリーの勇気ある告白に感動して、キスして、めでたしめでたしってな」
「え? え、なんで仲直りしたの? 意味がわからないんだけど」

入口と出口が繋がっていない気持ち悪さがある。ホグズミードで恥をかかされたのは、ハリーなのに、たしかにインタビューを敢行したのは勇気ある行動だったが、チョウの仕打ちを許す理由がどこにあったの?

「主導権はチョウにあるんだろ」
「僕たちの親と同じ」

フレッドとジョージは、肩をすくめる。
ハリーとチョウにしかわからないのは百も承知だし、自分だって部外者でしかないことはわかっているが、「あっそ」とジニーは投げやりな気分になった。
しかし、ハーマイオニーならハリーに直接、話を聞いているかもしれない、明日訊いてみよう、とこっそり決めた。

「あーあ」ジニーに悪いニュースを伝えるときは楽しそうだった顔をいまは憂鬱に曇らせ、フレッドがわざとらしいため息を吐いた。「僕たちの箒、どうしてるだろうな」
「鎖に繋がれてるわ」ジニーはすかさず言った。フレッドとジョージ、それにハリーの箒は、彼らがアンブリッジにクィディッチ生涯禁止令を受けてから、取り上げられてきりだ。
「鎖に? そこまでするか?」ジョージが訝しむが、すぐに、「やるよな、アンブリッジなら」と腑に落ちた顔になる。
「でも、なんで知ってるんだよ」
「取り上げてすぐに鎖に繋いだって、彼女が言ってたからよ」
「彼女はアンブリッジの言いなりだもんな」フレッドが悪態をつく。
「そんな言い方をしたら、あとで後悔するわ」
忠告しても、フレッドは、「するわけないって」とそっぽを向いた。

「ずっと手入れしてないし、枝先も荒れてるだろうな。どうする、フレッド。柄が割れてたら最悪だぞ」
「それなら心配ないわよ、アンブリッジの目を盗んで、彼女が手入れしてくれているから」
「はあ?」とふたりの声が重なった。
「兄さんたちのクリーンスイープも、ハリーのファイアボルトも、鎖に繋がれてはいるけど、状態はいいはずよ」
「彼女は、クィディッチに興味ないだろ。箒の手入れの仕方とか、ちゃんと知ってるのか?」ジョージは落ち着きがなく、心配そうだ。
「ハリーが手入れしているのを、何度か見ていたことがあるって言ってたし、私も訊かれたから、兄さんたちの箒の癖とか教えたけど」
フレッドとジョージは顔を見合わせていたが、やがて今度はふたりして、あーあ、と口にして、天井を仰いだ。

「前言撤回だ」フレッドが両腕を振り上げる。
「後悔するって、だから言ったのに」
「彼女に借りができちゃったな」
「もう時間もないのに、返せるか?」
「どういう意味?」ジニーが訊いた。
フレッドとジョージは、子どものような得意げな笑みを浮かべると、「うちの目玉商品、“ズル休みスナックボックス”がついに完成するんだよ」と言った。
「兄さんたち、本気で自分たちの店を持とうとしてるわけじゃないでしょ?」
ハーマイオニーにも種がわからないような技術で、商品開発に励み、談話室でいくつか商売しているのは知っているが、実際に出店するためにはそれなりのお金が必要なはずだ。うちにそんなお金がないことは、ウィーズリー家ならみんなわかっている。
「なんで? おまえも貧乏に飽きただろ?」
「またなにか企んでるの?」
「もちろん。“ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ店”は、みなさまに極上の驚きと笑いを提供するため、二十四時間、年中無休で、なにか企んでます」

ふたりが同時に立ち上がったので、ジニーは少し気後れした。いつも鬱陶しいくらいそばにいたのに、急にどこか遠くに行ってしまうような気がして、「もうすぐテストがあるのよ」となんとか繋ぎ止めるようなことを口にしている。
ジョージはまるで気にしない様子で、身体を伸ばしている。

「僕たちは唯一、クィディッチがあるばっかりに、学校に留まったんだ」
「NEWT試験なんて、僕たちはどうでもいいんだ」フレッドも言った。
「僕たちのことは気にするな、ジニー」
「僕たちがいない、いまのクィディッチ・チームはどうしようもないクズだけど、おまえはうまいよ」
「ロンをカバーしてやれよ。あいつ、だれも見てないときはゴールを守れるのにな」
「クィディッチだって、禁止なのはいまだけよ、アンブリッジがいる間だけ」
ジニーは急いで言ったが、ふたりとも聞き流しているようだった。

「早く寝ろよ、お嬢さん」
「おまえも夢を諦めるな?」
「私の夢ってなによ」

ふたりは順番に、ジニーの頭をぽん、と叩くと、寝室に引き上げていってしまった。振り返ると、掃除をしていたしもべ妖精もいつの間にかいなくなっている。
だれもいない談話室は、見慣れているはずなのに、ジニーを大きな家の隅でいじけているような物悲しい気持ちにさせた。


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