07 先手

人間の血脈のように、四人の創始者たちの思想や人格を受け継ぐ組み分け帽子には、新入生を四つの寮に振り分ける役目が与えられているだけでなく、歌を唄うことも許されていた。
通常は、組み分け帽子の役割と寮の特色を歌にしている。だが、今年はちがう。先学期末からつづく、校長室に漂う不穏な空気を、創始者たちの意思を継ぐものとして、見過ごすわけにはいかなかった。

部屋の主である、ダンブルドアが執務机の前に座っている。ダンブルドアは、組み分け帽子に敬意を払い、見晴らしのよい棚の一番上に大事に保管してくれるので、壁に飾られた歴代の校長のなかでも、尊敬に値する人物だ。彼の門柱のように、マクゴナガルとスネイプも揃っている。
部屋の真ん中に、もうひとり、ふくよかな女性は、懐かしい顔だった。かつてあの女性が、少女だったことろ、スリザリンに振り分けたのを覚えている。
だれも言葉を発していないのに、女性はなぜか、にこにこと笑みを湛えていた。
部屋の扉が叩かれる。ダンブルドアが声をかけると、彼女が入ってきた。

「遅くなって、すみません」
「いいや、時間通りじゃ」

顔をあげた彼女が一瞬、困惑したのが組み分け帽子にも感じとれた。部屋にいる人間を順番に目で追い、なぜ彼らがここにいるのか、飲み込めないようだった。
「こちらは、闇の魔術に対する防衛術を受け持つ、ドローレス・アンブリッジ先生じゃ」ダンブルドアが中央の女性を紹介する。
「はじめまして」アンブリッジは、笑みを貼りつけたまま手を差し出す。そこから一歩も動く気はないらしく、彼女が歩み出て、手を取った。

「さっそく本題なんじゃが」ダンブルドアは言った。
「実は、アンブリッジ先生は助手を探しておられるそうじゃ」
「助手?」
「それで、お主をご指名された」
「私を? 助手、なんて必要なんですか?」

必要であるはずがない、と言わんばかりに、マクゴナガルが鼻を鳴らす。
「ェヘン」と妙な音が校長室に響く。それがなにかの合図かのように、アンブリッジに注目が集まった。

「魔法大臣から今回のお話をいただいたとき、わたくしとしては全力でホグワーツに仕えたいと思ったのですけど、どうしてもわたくしでないとならない、上級次官の仕事がいくつかございますの」
少女のような高い声に、自分に耳がついていれば、とつくづく思う。耳があれば、塞ぐことができる。
「ダンブルドアにご相談したら、あなたが適任だというお話でした。わたくしからも、ぜひお願いしますわ。仕事内容は、まぁ、説明したところで、あなたならそう難しくもないでしょう」
アンブリッジは続ける。「聞くところによると、いま現在のあなたの業務は、従来の管理人ひとりでもじゅうぶん、まかなえるでしょうし、支障はないでしょう?」

突然の疑問符に、彼女は、「え?」という表情をした。アンブリッジが瞳を輝かせ、返答を待っている。

「でも、フィルチさんは……」
「あら、“フィルチさん”も、わたくしが話せば理解してくださるわ」
「ほかの先生のお手伝いもあって」
「マクゴナガル先生やスネイプ先生は、快く賛成してくださいましたよ」

組み分け帽子は音もなく驚いた。マクゴナガルが賛成したのは、散々難色を示したあとだったし、スネイプも、快く、といった感じではなかった。
少なからずショックを受け、三人のほうを窺う彼女の前に、アンブリッジが立ちはだかる。「わたくしの助手になれば」とだめ押しするように告げた。
「わたくしの助手になれば、もっと有意義な仕事ができるのよ」
まるで、これ以上の施しはないだろう、とでも言いたげだった。

彼女はあきらかに、根気負けしていた。「お引き受けします」
「わかってもらって、よかったわ」大きな指輪をいくつもはめた、アンブリッジの手が、聞き分けのよい子どもをくすぐるみたいに、彼女の頬に触れる。顔が逃げないように、彼女は口の中で歯を食いしばっていた。

「早速、お願いしてもいいかしら」
「はい」
「このトランクを、わたくしの部屋まで運んでちょうだい」

アンブリッジは、身につけているローブと同じ、けばけばしいピンク色の旅行用トランクを撫でた。「大事なものが入っているから、くれぐれも丁寧にね」
話は以上、というように、手を叩き、くるりと翻る。ダンブルドアを見据える、アンブリッジの口角は吊り上がり、ほほ骨が盛り上がっていた。弛んだまぶたの下で、満足そうな、または勝ち誇ったような目が光る。

「では、みなさん、歓迎会で」

颯爽と立ち去っていった。
トランクと取り残された彼女は、呆然としていたが、「私は」と自分の眉を指でこすった。

「いまの仕事に、満足してますから」
「知っておる。アンブリッジ先生の強い希望じゃ」
「話って、これだけですか?」僅かな希望を込めて、彼女が訊く。
「うむ、そうじゃよ」

彼女の姿勢が、ややうなだれる。アンブリッジのトランクを引きずり、出口に向かった。
扉が閉まったのを見計らって、スネイプが口を開いた。

「あれは、助手じゃなく、召使いでは?」
「セブルスの言うとおりです」
マクゴナガルが詰め寄る。「あの女の好きにさせるおつもりですか? 最初が肝心なのではないですか、アルバス」
「それは相手も同じじゃろう」

ダンブルドアは、椅子の背もたれに身体を預け、「やむをえん」と溢す。

「彼女には、しばらく辛抱してもらわねば」

悔しそうに口を一文字に結び、マクゴナガルが首を横に振る。つかつかと組み分け帽子のほうにやってきた。
そろそろ出番のようだ。
さて、どうなることやら。
ホグワーツが団結するべきときに、現れたアンブリッジは、白紙に落ちたインクの染みのようである。放っておけば、じわじわと侵食され、ホグワーツは分裂し、本来の敵にも簡単に陥落されてしまうだろう。
組み分け帽子は憂いた。どれだけ憂いても、できるのは、歌を唄い、警告を発するくらいである。


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