04 懲戒尋問

ブラック家の屋敷が一部屋ずつ、きれいに片づいていくうちに、ハリーが魔法省で尋問を受ける日はやってきた。
その日の朝早く、厨房では、魔法省までハリーに同行するウィーズリー氏が、鏡の前で何度も自分の服装を確認していた。
「大丈夫、どこから見ても、私はマグルだ」と腕を回したり、伸ばしたりして、落ち着きがない。何度目かの咳払いをして、心配そうに彼女を振り返る。
魔法使いのローブではなく、細縞のズボンに古いボマージャケット姿のウィーズリー氏は、どこにでもいる、休日のお父さんだ。

「すまないけれど、もう一度、“地下鉄”の乗り方を教えてもらえるかい?」
「ハリーがちゃんと知っていると思いますよ」
ハリーの懲戒処分を考慮して、今回は“完全に魔法を使わない方法”で魔法省へ向かうことになったが、マグルの交通機関に、ウィーズリー氏は浮き足立っている。
「でも、まずは“あれ”にお金を入れて、券を手に入れるだろう? “あれ”の中がどうなっているのか、きみは見たことがあるのかな。まさか人が……」
「アーサー、あなた、なにをしに行くのか、わかってるでしょうね?」

部屋着姿のウィーズリー夫人が、批判的な目で夫を見た。胸の前で肩かけの端をきつく握り、ハリーが起きてくるのを、今か今かと待っている。

「証人を連れていく?」

夜勤明けで戻ってきたばかりのトンクスが、欠伸混じりに言った。テーブルに頬杖えをつき、ウィーズリー夫人が許せば、そのまま眠ってしまいそうだ。
「あぁ、彼女が迎えに行くことになった」とリーマスが説明している。

「昨日の夜、ダンブルドアがきてね」
「それで、フィッグばあさんに証言させるって? 大丈夫なの?」
「証人の召喚は、法的にも認められているから、問題ないはずだけど。ただ、うまく証言できる自信は、あまりないそうだ」
「スクイブの負い目のせい?」
「だとしても、いまはハリーの味方がひとりでも必要なんだろう」

シリウスは終始、テーブルの端で不機嫌そうにして、口をきく気もないらしい。
少しして、ひとり起きだしてきたハリーは、やはりよく眠れなかったのか、顔色がよくない。厨房に入ってきたハリーに、気遣わしげなウィーズリー夫人が、朝食を用意する。リーマスとトンクスのあいだの席でトーストをかじっている姿にも、覇気はなかったが、ちらちらとシリウスの様子を窺っているのはわかった。
「もし退学になったら」とハリーの切実さを押し殺したような声を思い出す。

「もし退学になったら、ここに戻って、おじさんと一緒に暮らしてもいい?」

さらにハリーは続けた。「ダーズリーのところに戻らなくてもいいってわかっていたら、尋問のことも、ずっと気が楽になると思うんだ」
数日前のことだ。ブラック家の家系図がある部屋の前を通りがかったとき、扉の隙間から聞こえてきて、思わず足を止めていた。
魔法界から断絶されるかもしれない恐怖を、それで拭えるなら、シリウスはどれほど彼の期待に応えたかったことだろう。
シリウスの答えを聞く前に、彼女はそっとその場から離れた。

ガシャン、と音を立てて、金の格子が閉まる。鎖をガチャガチャと鳴らしながら、さらに地下へと下降するエレベーターの中に残されたのは、彼女とフィッグさんだけだった。

「いくらボタンを押しても、エレベーターはこれより早く着きゃあしないよ」

フィッグさんは、呑気そうに言う。
あの夜、任務をさぼっていたマンダンガスに代わって、ハリーを保護してくれたひとだ。さらに言えば、ハリーがダーズリー家に引き取られてから、プリペット通りで長年、彼のことを見守ってきたこともあるから、今回の件で、だれよりもマンダンガスを恨んでいる。
証言台に立つのは自信がない、と漏らしていたらしいが、覚悟を決めたのか、肝が据わっていて、公の場のために正装する、ということはなく、まるで買い物帰りのような格好だ。しかも足元は、タータンチェックの室内用スリッパだった。
すみません、と言いながらも彼女は、「9」と表示されたボタンから、指を離さなかった。

「開廷は、九時じゃなかったかね」
「一時間、早まりました。急な変更があったみたいです」
「ハリーは間に合ったのかい」
「えぇ、なんとか。私たちも急がないと」
「間に合うさ。ダンブルドアは先に着いているんだろう?」
「はい。たぶんもう法廷に……」
「それにしても敵は、ハリーを排除するために、手段を選ばないみたいだね」

魔法省を「敵」と呼ぶのは抵抗があった。が、いまは議論する余裕はない。
魔法省に着いて、ハリーの懲戒尋問がすでにはじまっている知らせは、彼女のもとにもすぐに届いた。闇祓い局にいた、キングズリーが機転を利かせてくれたおかげだ。法廷の場所も、当初の予定から変わっている。
ようやくエレベーターが止まり、格子が開く。そこから、さらに階段を駆け下りて、足早に廊下を進む。薄暗くてじめじめした、ホグワーツの地下牢にも似た廊下だ。
「こっち、こっちだよ!」巨大な錠前つきの、黒々と厳しい扉の前で、ウィーズリー氏が小声で手を振っていた。

「間に合ってよかった、一時はどうなることかと……」

そこで、内側から扉が開いた。中から現れたのは、パーシー・ウィーズリーひとりだった。
お互いに、ここで父子の対面になると思わなかったのだろう、緊張が走る。
ファッジを崇拝し、ダンブルドアや不死鳥の騎士団だけでなく、両親とも決裂したパーシーは、毅然とした態度で父親の存在を無視し、ウィーズリー氏もまた、息子に声をかけまいと、口を一文字にきつく結んだ。
「証人の入廷だ」パーシーは彼女に向かって、きびきびと言った。

「きみが証人なのか?」
「え?」

慌てて振り返ると、フィッグさんがスリッパをつっかえながら、やっと追いついてきたところだった。
彼女の肩を掴み、息を整え、最後に息を大きく吐くと、パーシーのあとにつづいて、足を踏み入れる。重々しい音を引きずり、目の前で扉がゆっくりと閉まっていく。
「きっと大丈夫」となりで両手に拳を握ったウィーズリー氏が、「あとは、ダンブルドアに任せよう」と噛みしめるように呟いた。


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