01 花

「あんたも律儀だね、毎年」

椅子にもたれ、膝の上で帽子についている剥製の禿鷹の頭を撫でる老女は、彼女をひと目見るなり、呆れたように肩を竦めた。「もうこのふたりには、あんたがだれなのかも、わからないのに」と。

開口一番、老女のせりふがそれだったので、彼女は仕切りのそばに立ち尽くしたまま、となりに並べたベッドでそれぞれ眠っている男女に目をやった。
頬はやせこけ、顔色に生気はなく、短い髪は白くまばらに染まっている。昔の面影がなければ、去年から変わった様子もない。ふたりとも眠っているせいか、その寝姿はそっくりで、夫婦というより、双子のようだ。
ここに来るときは、聖マンゴ魔法疾患傷害病院の入り口を潜ったときから、あるいは途中で花屋に寄る時点から緊張するのだが、彼らの寝顔が安らかなことだけは、彼女にとっても救いに思えた。

「ふたりには、お世話になりましたから」
「それは何十年も昔の話さね。だからわたしはいま、律儀って言ったんだよ。たまに現役の闇祓いが見舞いにくるけど、あんたくらいだ、こんな花まで持って」

そう言って、ミセス・ロングボトムは彼女が持ってきた見舞いの花束を受けとると、サイドテーブルの花瓶に生けた。無造作な、どちらかというと粗っぽい動作に見えたが、花の輪郭はしっかりと部屋のほうを向き、不思議なことに花屋で選んだときより見栄えもよかった。
「きれいな花だね、アリス」と声をかけるように寝顔をじっと見たあと、ミセス・ロングボトムはもとの、ベッドのそばの椅子にそっと腰をかけた。帽子の禿鷹に手をやるのは、親しんだ癖なのかもしれない。
何十年も昔の話、というのは大袈裟だ。が、十年間、彼女自身も見舞いどころではなく、世間に姿を見せなかったのは事実だ。この病室に突然、彼女が現れ、ミセス・ロングボトムを驚かせたのが四年前。空白の期間について、訊ねられたことはなく、彼女にはありがたかった。
ここにはいつも、彼女がくるときだけなのか、わからないが、仕切りのためにカーテンが引かれている。姿は見えないが、同じ病室に入院しているロックハート先生の、独り言には大きすぎる声が聞こえてきた。「ほら、見てごらん! 私のサインだよ! また上手に書けた!」
まぁ座りな、と言われたとおり、となりの空いている椅子に座ると、彼女をちらっと見て、ミセス・ロングボトムはため息混じりに言う。

「しかし、あんたが来るのは、決まってネビルがいないときだ」

見透かしたような口調だったので、彼女は苦笑する。「ネビルくんはきっと、両親の現在の状態をだれにも知られたくないでしょうから」とわざわざ言う必要も感じられなかった。
そんなことを言ったら、このひとは怒るだろう。闇祓いとして才能豊かだった両親を、誇りにすべきだ、と改めてネビルを叱るかもしれない。
こうして年に一度、顔を合わせると、ミセス・ロングボトムは饒舌だが、今年も変わらないようだった。

「今年はあんたも来ないだろうと思ってたよ」
「どうしてですか?」
「あの人が戻ってきて、ダンブルドアも忙しいだろうからね」
「ダンブルドアは大忙しですね」
「あんたはちがうのかえ?」

うーん、と首を傾ける。
それから数日前、「いいのかい?」と訊いてきた、リーマスのことが頭に浮かんだ。
グリモールド・プレイス十二番地、ブラック家の地下だ。
「ハリーを迎えに行くって、彼と約束していたんだろう?」

今夜、不死鳥の騎士団がハリーを迎えに行く。護衛隊に立候補する団員が多すぎて、先発隊、後発隊と分けることになったが、会議で立候補しなかった彼女を、リーマスは気にしていた。
知った顔がいるほうがいい、というムーディさんの判断で、リーマスは先発隊だ。
約束したけれど、と彼女は言い淀んだ。約束したけれど、あのときはせいぜい、駅のプラットホームくらいに考えていたのもある。
会議が終わり、ほとんどの団員が厨房のテーブルを離れて自分の任務に戻っていくなか、ひとりテーブルの隅で不機嫌そうに頬づえをつき、明後日の方向に顔を向けているシリウスを、こそっと盗み見る。
「シリウスをひとりにできないから」
小声で伝えると、あぁ、とどこか同情したような表情を浮かべ、「そうだね」とリーマスも納得した。

騎士団の任務のうち、彼女が自ら志願のは、本部の掃除だった。だからなのか、彼女自身も本部を離れることは少ない。
本部といっても、ブラック家の屋敷は、長くだれも住んでいなかったので、とても人が生活できる状態ではなかった。
シリウスを焚きつけて、少なくともこの屋敷は不死鳥の騎士団の本部である前に、彼の持ち物でもあるのだから、なんとかこの大掃除が彼にとっても大切な任務のひとつだと思えるようにと虚しい努力を重ね、子どもたちやウィーズリー夫人と一緒に部屋を除せんしてまわっているが、まったく追いつかないのだ。それはでも、シリウスにまったくやる気がないせいではなく、屋敷が広すぎるせいだが。
「もったいないねぇ」ミセス・ロングボトムが嘆く。批判めいた視線を感じる。
「闇祓いの才能を、腐らせちゃいけないよ」
そうですね、と心のなかで彼女は言った。

「まぁ、いまのままじゃあ、あの人に対抗するなんて無理だろうね」
「はい」
「いまこそ団結しなきゃってときに、魔法省の連中は、ダンブルドアをどうするつもりかえ? 国際魔法使い連盟の議長職のつぎは、ウィゼンガモット法廷の首席魔法戦士からも降ろして、今度は勲一等マーリン勲章を剥奪する話もあるんだろう?」
「詳しいですね」

魔法省の反応、というより、魔法大臣であるファッジの反応には、騎士団員も落胆している。そして、予言者新聞を目にするたび、徹底的にハリーを吊し上げ、世論を誘導し、味方につける行動力には半ば、感心もしていた。
おかげで不死鳥の騎士団はこそこそしなくてはならないし、勧誘活動もままならない。
ファッジ大臣は本当に、ハリーやダンブルドアを自分の敵と見なしているらしかった。
それを後押しするかのように、ヴォルデモートに際立った動きもなければ、不審な死や行方不明者もまだない。

「なに、連中のなかには、まともなやつもいるってことさね。ほとんどがわたしみたいな、年寄りだけど」
「なるほど」
「でもダンブルドアは、蛙チョコレートのカードにさえ残れば、気にしないんだろうね」

実際、ダンブルドアがそう言って笑っていたので、彼女も複雑な気持ちになる。

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