32 いつか帰る場所

ホグワーツの玄関ホールは、帰り支度ができた生徒たちで、混雑していた。ダームストラング校とボーバトン校も自分の国へ帰るときがきたので、みんなに挨拶している。
美しい夏の一日だった。空には雲ひとつなく、暑くて、緑が濃く、花壇の色とりどりの花が、風に揺れている。
ドラコは、どんなに人が多いところでも、彼女がいる場所には光が当たっているかのように、すぐに見つけることができた。
石段を下、隅のほうで、ダームストラング校の男子生徒と、さっきから話をしている。ダームストラング校の生徒は、この十ヶ月のあいだ、スリザリンのテーブルに座って食事をしていたから、ドラコにも彼の顔に覚えがある。
ふたりは向き合っている。真剣な話をしているようだったが時々、彼女は自分の首筋に手をやっていた。あれは、困っているときの仕草じゃないのか、とドラコは察する。
行き交う人のあいだからずっと見ていると、急に男子生徒が晴れ晴れしい笑顔になった。彼女の横顔も、緊張が解けたかのように綻んでいる。その正面にいるのが自分ではないので、ドラコの眉間にしわができる。
男子生徒が差し出した手を、彼女は握り、握手を交わす。手を繋いだまま彼は、とても紳士的に、彼女の手の甲にキスをした。彼女はドラコと同じくらい驚いていたが、笑った顔で男子生徒と別れた。

「なにを話してたんだ」

石段をのぼってくる彼女。ドラコは上段に立って、声をかけた。「見てたんだ」と彼女が眉を困らせる。

「お別れの挨拶をしていただけだよ」
「ふぅん」

気まずいのか、彼女が本当のことを言っているとは思えなかった。
あの男子生徒の顔を見ればわかるのだ。彼女を見る目が、「好きだ」って言っていた。
自分もあんな目で彼女を見ているのだろうか、と思うと、まわりにこの気持ちが筒抜けな気がする。
彼女が手を、また首筋にやる。ほら、とドラコはこっそり思った。

「意外とモテるんだな」

ダームストラング校の帆船が浮かぶ湖面が、空を真似るかのように澄んだ青だった。光の粒が星のように輝いている。
校庭では、ハグリッドとマダム・マクシームが、妙に仲睦まじく、巨大な馬たちのうち二頭に馬具を装着している。ボーバトンの馬車も、まもなく出発するのだ。
「年齢とか気にするのか」
「歳は関係ないよ」可笑しそうに言うのが聞こえて、視線を引き戻す。

「だれかを好きになるのに。マルフォイは、そう思わない?」

自分をまっすぐに見上げてくる彼女を見つめた。頷き、「そう思うよ」と言う。

「まぁ、あんまり若すぎても、困ってしまうけれど」
「えっ」
「私の歳を冷静に考えて、マルフォイから見たら、私はもうおばさんだよ」
「そんなことっ」

ドラコの勢いに目を丸くする。「あれ」と彼女は、戸惑ったような間延びした声を出し、じっと見つめてくると思ったら、「なんか変わった?」と訊いてきた。
耳のあたりが、ぼっ、と熱くのを感じる。「べつに、なにも」と慌てて口走っている。

「そうかな。物腰が柔らかくなったよ。余裕がある」
「なんだよ、余裕って」
「前より話しやすい」
「前はそんなに、余裕もなくて、話しづらかったのか」
「いまは、ちがうみたい」

段差をのぼり、ドラコがいる同じ場所に立った。それでもドラコのほうが上背はある。この一年で、また身長が伸びたせいだ。
自分を見上げてくる彼女を、その細い身体を、両腕で抱き締めたい衝動に駆られる。
「心配」と彼女がふいに口にした。

「え?」
「マルフォイが心配」

真剣な眼差しで、彼女は大人びてきたドラコの顔の隅々まで見ていた。なんのことを言っているかわからず、ただただ視線に戸惑う。

「心配だよ」
「だから、なにが心配なんだよ」
「新学期がはじまったら、ちゃんとここに戻ってくるんだよ」

ドラコはそのつもりだったので、首をかしげた。そんなドラコを見て、彼女が微笑む。
変わったのは、自分だけじゃない気がした。

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