31 決別

一ヶ月が経ったいま、振り返ってみても、あれから数日のことを、ハリーは切れ切れにしか思い出せなかった。これ以上は受け入れるのが無理だというくらい、あまりにいろんなことが起こった。断片的な記憶も、みな、痛々しいものだった。
医務室を退院後も、ほとんどの時間をロンとハーマイオニーと過ごしていた。大多数の生徒は、廊下で出会っても目を合わさなかったし、それはダンブルドアがハリーに質問せずにそっとしておくよう、みんなに話したかららしい。だからきっと、あの夜のことを、好きに想像しているのだろう。

木曜の午後。本来ならば、「闇の魔術に対する防衛術」の授業だ。
だが、先生はもういない。本物のムーディは、まだ医務室で休んでいる。
ヴォルデモートが復活したのに、とハリーは思う。以前と同じように学校で授業を受けているのは、妙な感じだ。
だからといって、そのことについて、ロンたちと、とくに話し合うことはなかった。
なにかたしかなことがわかるまでは、詮索しても仕方がない。三人とも、そのことをよくわかっている。
授業が始まる時間、生徒が思い思いに雑談をしていた教室に、彼女が入ってきた。教壇に立つ彼女を見て、生徒はいっせいにお喋りをやめ、ハリーたちは顔を見合わせた。

「出欠をとるだけだよ」

これからなにが始まるのか、じっと構えていたみんなに言い、授業の途中で放り出されたような教壇を覗き込む。名簿を探しているらしい。
「出欠をとったら、あとは自由にしていいよ。ここで話していてもいいし、外に出てもいいけど、他の教室は授業しているから、静かにね」名簿を見つけて、顔をあげる。「次回も出欠はとるから、授業の前にはこの教室に来てね」
それから、名簿の上から順に、ひとりずつ名前を呼び始めた。
全員が呼ばれるまで、教室内は静かなものだった。座席のあちこちから、ぽつぽつと返事の声があがる。名簿を目で追いながら、生徒の名前を呼ぶ彼女の声が、滞りなく、ハリーまでつづいた。

「ハリー・ポッター」

「はい」返事をしながらハリーは、あの医務室 の夜に、自分が引き戻される感覚に襲われた。


あれはまだ、悪夢のような夜の、つづきだった。マクゴナガル先生らしくなく、医務室でいきり立っていた。
「ダンブルドア、わたくしはあなたが反対なさるだろうと、大臣に申し上げました。吸魂鬼が一歩たりとも城内に入ることは、あなたがお許しになりませんと。それなのに」
「失礼だが!」ファッジも喚き返す。彼がこんなに声を荒らげて怒っている姿もまた、ハリーははじめて見た。

「魔法大臣として、護衛を連れていくかどうかは、私が決めることだ。尋問する相手が危険性のある者であれば……」
「あの者が部屋に入った瞬間! クラウチに覆いかぶさって、そして……」

あまりの恐ろしさに、全身をわなわなと震わせ、マクゴナガル先生の指がファッジのことを差す。言葉にできない様子に、ハリーは胃が凍っていくような思いがした。
すべてを聞くまでもない。吸魂鬼は、バーティ・クラウチに死の接吻を施したのだ。口から魂を吸い取ったのだ。
「どのみち、クラウチがどうなろうと、なんの損失にもなりはしない」ファッジが怒鳴った。
ハリーのベッドのそばにいたシリウスは、犬の姿で事態を見守り、彼女は怒鳴り合う声が耳につらい様子で、耐えている。

「どうせやつは、もう何人も殺しているのだから」
「しかし、コーネリウス、もはや証言ができまい」

ダンブルドアは悲しげに言う。悲しげ、というより、哀れむようでもあった。まるで、ファッジの普段、人当たりがいい顔の下をはじめてはっきりと見たかのように、じっと見つめている。

「なぜ何人も殺したのか、クラウチはなんら証言できまい」
「なぜ殺したか? そんなことは秘密でもなんでもない。あいつは支離滅裂だ。ミネルバやセブルスの話では、やつは、すべて“例のあの人”の命令でやっと思いこんでいたらしい」
「たしかに、ヴォルデモート卿が命令したのじゃ、コーネリウス。何人かが殺されたのは、ヴォルデモートが再び完全に勢力を回復する布石にすぎなかった。計画は成功したのじゃ。ヴォルデモートは肉体を取り戻した」

だれかに重たいもので顔を殴りつけられたような顔を、ファッジはした。呆然とし、目を瞬き、いま聞いたことが、にわかには信じがたいという顔だ。

「はっ……復活した? ばかばかしい。おいおい、ダンブルドア……」
「バーティ・クラウチは、真実薬の効き目で、わしらにすべてを告白してくれたのじゃ。よいか、クラウチはヴォルデモートの復活に力を貸したのじゃ」
「いいか、ダンブルドア。まさかそんなことを、本気にしているのではあるまい。“例のあの人”が戻った? クラウチは思いこんでいただけにすぎん。そんな戯言を真に受けるとは、ダンブルドア……」
「ハリーが、ヴォルデモートの蘇るのを目撃した」

ダンブルドアはたじろぎもせずに告げる。
そのとき、ファッジの見開いた目が、奥のベッドにいるハリーを見た。

「わしの部屋まで来てくだされば、一部始終、お話しいたしますぞ」

ファッジの視線は、しかしすぐにハリーから逸れた。奇妙な笑いを漂わせている。
ハリーは嫌な予感を覚えた。「ダンブルドア」と勝ち誇ったような表情を浮かべ、再び向き直る。

「ダンブルドア、あなたは、本件に関して、ハリーの言葉を信じるというわけだな」
「もちろんじゃ、わしはハリーを信じる」
「それなら、もちろん、あなたは考えているはずだ」

ファッジが腕を伸ばし、指先をこちらに向けた。
瞬間、沈黙が流れた。ハリーは自分が差されたと思ったし、医務室にいたみんなは、ファッジの指差したほうに気を取られ、振り返った。
ダンブルドアだけはちがった。ダンブルドアだけは、振り返るまでもないかのように、ハリーたちに背中を向けたままだった。
静寂を破ってシリウスが唸りをあげる。毛を逆立て、ファッジに向かって歯を剥く。

「“例のあの人”が復活したというなら、なぜ彼女が、まだここにいるんだ。いまもハリーのそばにいるじゃないか。私は二年も前に忠告したはずだ、ダンブルドア。あなたは聞こうとしなかったが、“例のあの人”が復活したら、あなただって、彼女をここに置いてはいられないはずだ」

「彼女はここにいる」一気にまくし立て、肩で息をしているファッジに、ダンブルドアは毅然とした態度を崩さない。
「ハリーのそばにいるべきなのじゃ」
でも、なぜだろう。ハリーには、ダンブルドアがなにかにすがっているように聞こえた。
ファッジの顔が引きつる。
杖で脅されたわけでもないのに、ダンブルドアの正面に立っているファッジは、それ以上、みんなの前で彼女のことを追及できないようだった。

>>

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -