16 ひとりの夜

その夜、彼女はダンスパーティの片付けを終え、とっくに日付が変わったころ、ようやく自分の部屋に帰ってきました。
彼女が部屋に入ってきたとたん、その身体に纏っていた外の冷気が、室内に広がり、クルックシャンクスは、丸めていた身体をさらにぎゅう、と縮めこませました。
「ただいま」と言って、ベッドの真ん中で丸くなっている、クルックシャンクスの頭を撫ぜ、でも彼女はまたすぐに部屋を出ていきます。しばらくすると、シャワーを浴びてきたのか、きれいな格好からいつもの寝間着に着替えて、戻ってきました。

「つかれた」

くたくたな様子で、濡れた髪も半乾きのまま、彼女がベッドに入ろうとしますが、クルックシャンクスは動きません。彼女は仕方なく、ベッドの端に追いやられているような格好で、身体半分だけ上掛けに潜り、横になります。

「狭いよ、クルックシャンクス」

うんともにゃーとも鳴かず、クルックシャンクスはじっとしています。
「自分の部屋にお帰りよ」と彼女の手が伸びてきて、背中を撫ぜますが、クルックシャンクスの拗ねてしまった心は、そう簡単に直りません。ハーマイオニーが近頃、しもべ妖精の活動に夢中で、あまり自分に構ってくれないのです。
彼女でさえ、自分を見かけたら、頭を撫でようとしてくるのに、きょうは足元に擦り寄っていくと、「ドレスが汚れるから、だめよ」と言って、クルックシャンクスを遠ざけたのでした。
彼女の指が、クルックシャンクスの耳のうしろをくすぐり、自然と気持ちよくなります。でも、やっぱり恋しいのは、ハーマイオニーの温かい手でした。
首を伸ばし、クルックシャンクスは、彼女の指に歯を立てました。

「あー、痛い。なんで噛むの」

彼女が無理やり、ベッドに潜りこんできて、今度はクルックシャンクスが隅に押しやられます。
じゃれてくるような彼女に、ため息をつきながら、そろそろベッドのなかも暖まってきただろうと思い、クルックシャンクスも彼女のそばに潜りました。彼女がすぐに、クルックシャンクスの身体を自分のほうに引き寄せ、抱くようにしてきます。しかし、冷たい手が急にぱっと離れ、彼女は動かなくなりました。
クルックシャンクスが様子を窺うと、彼女は自分の右ひざを抱え、痛みに耐えていました。

冬になると、身体じゅうが痛い。彼女は、クルックシャンクスの前で、よくそれを口にします。いまはひざを離し、左肩を擦っています。

「腕も脚も痛いよ、新品と取り替えたいよ」

クルックシャンクスが見ていることに気づき、彼女は泣き真似して、言っています。もしかしてここは、とクルックシャンクスは思うのです。
ここは、彼女の心を縛っている鎖が唯一、ほどける場所なのではないか、と。
クルックシャンクスは、彼女がなぜひとりきりなのか、不思議でなりません。彼女がこんなふうに弱音を吐くのは、決まってクルックシャンクスの前でした。
猫にならば聞かれてもかまわない、と思っているのかもしれません。
でも、彼女がひとりで痛みに耐える理由はどこにあるのでしょう。
人間という生き物は、クルックシャンクスにとって、不可解なことばかりです。

「……報われないなぁ」

彼女が、ぽつりと言いました。
クルックシャンクスはすでに、また眠ろうとしているところでした。

「スネイプは、いったいなにを考えているんだろう」

ほんの小さく、微笑したかと思えば、「これでいいのかな」と困ったようにひとりで言っています。
まどろんでいた瞳が、ふいに遠くを見つめ、深く思いつめたような表情になったかと思うと、「でも、やっぱり……」と勝手に赤面して、顔を枕に押しつけています。
クルックシャンクスには、彼女がひとりでなにをしているのか、ますますわかりませんでした。

彼女はちゃんと眠ったのでしょうか。
数時間後、いつもどおり、外が薄暗いうちに起きだしたものの、彼女はあきらかに風邪をひいていました。

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