10 杖調べ

ハリーは、激しい怒りと悔しさに任せて、薄暗い地下牢の廊下をずんずんと歩く。螺旋階段を踏み壊すような勢いだった。肩にかけていた、教科書の入った鞄が背中で跳ねる。角が当たって痛かったが、ハリーはそれどころではない。
魔法薬学の合同授業だった。スリザリン生は、ほとんど全員が、「汚ないぞ、ポッター」と描かれたバッチを胸につけていた。

「ポッター」

授業がはじまってすぐに、スネイプの低い冷たい声が、ハリーを呼んだ。
いちばん大きな大鍋を掴み、スネイプのほうへ駆けて、それで思いきりスネイプの頭を殴る想像でなんとか怒りを静めようとしていたハリーは、渾身の憎しみをこめてそんな想像をしているのが、スネイプにバレたのかと思ったが、べつにかまうものか、とも思った。

「バグマン氏が呼んでいる。行きたまえ」
「へ?」

面食らった。急に、「行け」と言われても、わけがわからない。

「どこにですか」
「教室を出たらわかる」

スネイプの答えは、あくまでも不親切だ。
「選ばれた代表選手は、新聞記者の取材を受けるそうだ。写真も撮るらしい」
スリザリン生の席からすかさず、冷やかしとからかいの声が飛んできて、ハリーはイライラする。
しかし、食い下がるのも相手の思う壺だろう。歯を噛み締めて、孤立無援で教科書を片付け、さっさと教室を出てきたというわけだ。

ハリーは、まさかホグワーツで迷子になるところだったが、玄関ホールに出たところで、大理石の階段を下りてくる彼女に見つかった。
「あれ」と不思議そうに、首をかしげている。

「授業は?」
「スネイプに追い出された」
「いま、迎えに行くところだったんだよ」
「もっと早く、来てくれればよかったのに」

無意識に彼女を責めるような口調になってしまう。おいで、と手招きされて、彼女と一緒に大理石の階段を引き返す。
たぶん、と彼女が肩をすくめた。

「スネイプ先生は、私に授業の邪魔をされたくなかったのかな」
「きみは相当、スネイプに嫌われているみたいだ」

ハリーの口調には棘があったけれど、彼女はハリーの態度が気に障った様子もなく、いつものように、申し訳なさそうに微笑んでいた。

「ハリーに言われたくないよ」

ハリーは、魔法薬学の授業前に、なにがあったのかを彼女に話した。
悪趣味なバッチまで用意して、マルフォイがいつもの調子でちょっかいをかけてきたことや、廊下でやりやったことだ。マルフォイの歯呪いがハリーの鼻呪いとぶつかり、逸れて、ハーマイオニーの歯に当たってしまった。
「そしたら、ハーマイオニーの前歯がこんなに伸びてしまって」と胸のあたりに手を当ててみせる。

「それなのにスネイプは、いつもと変わらないって言ったんだよ。ひどいよ。ハーマイオニーは泣き出してしまうし」

話しながら、だんだん感情的になってくるハリーに対して、彼女は宥めるように、相槌だけを打つばかりだ。ストレスを発散させるどころか、物足りない、煮え切らない気持ちが募る。ロンなら、と考えずにはいられなかった。
ロンなら、自分と一緒にスネイプを罵ってくれるだろう。ハーマイオニーの前歯を侮辱されたときも、ロンはハリーと同じくらい怒っていた。
彼とはもう、ずっと口をきいていない日々が続いている。ハリーはこの瞬間、ひどくロンが恋しくなった。

「どうしてきみは、怒らないの?」

ハリーが訊ねる。彼らが同級生だということはわかっている。ただ、仲がよくないことも知っている。

「去年だって、スネイプのことを庇っていたし」

嫌いな相手を、あそこまで身体を張って守れるだろうか。ハリーの脳裏に、あの夜の光景がよみがえる。
人狼の手が、振り返り様に大きく空を斬る。ハリーはその鋭い鉤爪が、吊されたスネイプを引っ掻くと思った。思ったときには、人狼とスネイプの間に彼女の姿があった。瞬きさえ忘れていたのに、急に彼女はそこにいて、左肩から噴き出た血が軌道を描き、月明かりに照らされていた。

「ここだよ」

ふいに彼女が立ち止まった。
ハリーはいつの間にか、部屋の前まで来ていた。取材のことを思い出し、とたんに億劫になるハリーの耳の上あたりの髪を、彼女は指で撫でるようにいじりはじめた。半歩下がり、髪のバランスを確かめている。そういえば、写真も撮るとスネイプが言っていた。
ハリーは彼女にされるがままに、目を細める。

「きみは、スネイプに、弱味でも握られているの?」

彼女は苦笑を浮かべ、いよいよ部屋の扉を開きながら、「そうだね。そうかも」とハリーの背中を、そっと前に押した。

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