05 遠ざかる過去

ネビルは、図書館で本を読んでいる。「地中海の水生魔法植物とその特性」ムーディ先生が、授業のあとでネビルを呼び出し、くれた本だ。
薬草学が好きなネビルには、とても興味深い内容なのに、しかし文字の上を目が滑って、頭に入ってこない。四苦八苦しながら読んでいると、彼女が隣の席に座ったことに、しばらく気がつかなかった。
じっと見つめられていたらしく、「こここ」とネビルは吃った。

「声くらい、かけてよ」
「真剣な横顔だったから」

本を閉じる。机の上に用意していた、各教科の宿題と向き合うことになり、ネビルは眉を下げた。

「ごめんね、こんなにたくさん……」
「かまわないよ。もう四年生なんだね」

彼女は、一番上に積んであった、魔法薬学の教科書の表紙を撫でた。
四年生になって、彼らに課せられる宿題の量は、明らかに昨年より増えていた。五年生に受験する、「普通魔法レベル試験」のためらしいが、いまからこの調子で、ネビルはあまり先のことを考えたくなかった。
きょうはネビルが最も苦手な、魔法薬学の宿題から片付けていくことにする。
解毒剤の研究だが、スネイプ先生はだれかに毒を飲まして、みんなの研究してきた解毒剤が本当に効くか、実際に試すようなことをほのめかしていた。

「ハーマイオニーは、どうしたの」
「いつもは手伝ってくれるんだけど、いまはなにを言っても、しもべ妖精の話しか返ってこないんだ」

心当たりがあるのか、「あー」と声を出す。

「SPEWね」
「そう、それ。ハーマイオニーの話は難しくて、僕にはよくわからないけれど、バッチを買わされそうになるんだ」
「これ」
「あ、それ。……入会したんだ」
「入会するまで、離してくれなかったから」

彼女が手にしている、どこにつけても悪目立ちするであろう派手なバッチには、SPEWのロゴが描かれていた。
ハーマイオニーの話にうんざりして、硬貨を渡している彼女を想像し、ネビルは笑っていた。
笑うと少しだけ、心が軽くなる気がした。


「……ビル?」
「え」
「手が、止まってる」

手元を見る。羽ペンの先から、インクの染みがレポートに広がっていた。
「あっ」慌てて手を退かした拍子に、その手がぶつかって、インク瓶が倒れる。

「あっ、あ……」
「大丈夫?」

彼女は冷静だった。零れたインクの上に手を翳すと、倒れた瓶へ吸い込まれていく。汚れた羊皮紙も、元通りになっていた。
きゅっと瓶の蓋を閉めながら、「考えごと?」と顔色の良くないネビルを覗き込んでくる。

ネビルは、ムーディ先生の授業を思い出していた。
ムーディ先生がかけた、「磔の呪文」に苦しむ蜘蛛の姿が、いつの間にか両親の姿に変わっている。苦痛から逃れようと身を捩らせ、ひっくり返り、痙攣している。
授業が終わっても、好きなことをしているときも、ネビルはそのことばかりを考えてしまうのだ。

口を開いたものの、悲しみなのか、怒りなのか、わからないけれど、ネビルはいまの自分の気持ちをうまく言葉にできる自信がなかった。
「ううん」と彼は言った。「なんでもないよ」

「そう」

それ以上は訊ねず、優しげな笑みを浮かべる彼女を見ていると、言葉にできない代わりに、その肩を借りてただ泣いてしまいたい衝動に駆られる。
本当に目から涙が出そうになって、ネビルは慌てて、教科書を開くふりをして自分の顔を隠した。

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