02 アラスター・ムーディ

夏の激しい豪雨に見舞われ、生徒たちは、びしょ濡れの制服を絞りながら、歓迎会に参加しなくてはならなかった。十代の旺盛な食欲は、組み分けの儀式が終わるのを、じりじりと待っている。
自分があの組み分け帽子を被ったとき以来、運の悪い巡り合わせがつづき、この儀式に参加したことのなかったハリーは、マクゴナガル先生が太い巻紙から新入生の名前を読み上げるのを見ていた。
一年生の集団から、怯えた様子の男の子が、前に歩み出てくる。三年前の自分も、あんな感じだったのだろうかと思うと、苦笑してしまう。

「僕はもう、腹ペコだよ。早く終わらないかな」

隣のロンが、ハリーを振り向きながら嘆いた。
「グリフィンドール!」組み分け帽子が叫ぶ。拍手が鳴る。手を叩きながら、ハリーも空腹に肩を落とした。
生徒たちは、みなが雨に濡れ、疲れきって、お腹も空いていたが、組み分けの儀式に目を向け、じっと椅子に座っている。だから、上座のほうへ歩いていく彼女に、ハリーはすぐに気がついた。彼女は、スリザリン生の机の向こう側で、壁際沿いにまっすぐ歩いていた。
ハリーの目は、彼女を追う。静まり返った儀式の邪魔にならない程度に、靴音が響く。彼女が歩くたび、つややかな黒髪の毛先がうなじで揺れる。
ここいる全員が、見るからに魔法使いらしい、重々しい格好をしているのに、彼女はいつも軽やかで、どちらかというと、マグルに近い。
彼女が上座に近づくにつれて、中央の通路に集められた新入生も彼女の存在に気づき、騒つくのがわかった。マクゴナガル先生が咳払いをし、ぴたりと止む。
上座の裏を回ると、中央にいる、ダンブルドアの傍らで足を止めた。ダンブルドアがゆっくりとした動作で首を曲げ、なにかを彼女の耳元で囁く。すると彼女は、驚いたような、怪訝そうな顔をした。

「なにかあったのかしら」

ハーマイオニーが声を潜め、後ろから言ってくる。ハリーは首を傾げる。
彼女はダンブルドアにうなづくと、同じ通路を使って、今度は大広間の出口へ引き返していく。感情の読み取れない、無表情だったが、いまのハリーには、どこかのんびりとした、素直な表情のようにも見える。
そのとき、彼らの視線を感じたのか、彼女が余所見をし、ハリーのほうを見やった。視線が逸れる前に、ハリーは急いで右手を、胸のあたりまで持ち上げた。隣でハーマイオニーも、彼女に向かって手を振っていた。
それを見て、彼女が困ったような笑みを浮かべている。右手を持ち上げ、彼らに小さく振り返すと、大広間を出ていった。

ハリーは、ハーマイオニーと顔を見合わした。
「手を、振り返してくれたわ」ハーマイオニーが感じ入った声を出す。
声もなく、ハリーは笑っていた。
それはたしかに、世界がひっくり返るような変化ではないかもしれないけれど、待ちに待っていた扉が少し開いて、隙間を見せたかのようだった。
叫びの屋敷で起こった、昨年の出来事を思い出し、ハリーはいつものように、シリウスおじさんのことを思った。
汚名が晴れたら一緒に暮らそう、と言ってくれた。彼の言葉を、ハリーは夏休みのあいだ、一度だって忘れたことはない。
シリウスは、ハリーとの同居の話に、旧友の彼女まで誘っていた。ハリーはそれを、一生分のクリスマスプレゼントにも匹敵するほどの提案だと思った。
結局、シリウスはいまも逃亡者の身で、連絡も返ってこず、ハリーはダーズリー家で夏休みを過ごすことになってしまったが、三人で暮らす日々をいまも夢見ている。
ひとり、階段下の物置でずっと憧れてきた、家族の風景。
彼女が笑いかけてくれる。その僅かな隙間を見せる扉の向こうに、ハリーの夢は待っているような気がした。
ハリーは笑った顔のまま、上座のほうへ向き直る。しかし途中で、スリザリンの席にいるマルフォイと目が合って、慌てて顔を引き締めた。

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