00 シーソーゲーム

見上げた空は、絵の具を端からすべて混ぜ合わせたような色を湛えている。何色にもなれたはずのに、暗く、混沌としていた。
雨粒が頬を打ち、首へ伝い、ゆっくりと背中へ流れ、ぞくりと身体を震わせる。
それでも少年は雨を愛でた。雨は唯一、少年と空を繋ぐ架け橋になってくれる。
ただそれだけだ。憎しみや恨みが洗い流れることはない。空っぽの胸を無味の水ばかりが満たした。
足元で弾け、ざあざあと響く。
少年は目を閉じる。
瞼の奥で夢をみるときは、あの声を聞くことができた。暗闇から聞こえてくる声が、少年を呼んでいる。
近づくにつれて遠ざかる。夢を求め、この絶望の場所から、希望の場所から、声がするほうへ歩む、少年の後ろに足場はない。
足元に敷かれた道がたとえ血と渇きに飢えた道だとしても、少年は、求めることをやめるつもりはなかった。
それこそ恐れを知らず、何度でも、何度でも、手を伸ばす。求めつづける。


「――――」


少年を現実に戻す声。振り返る。
険雨の向こうに、きみがいる景色にぶつかる。どうやらタオルのようなものを、大事そうに持っている。
魔法使いのくせに、と腹立たしくなる。きみのそういうところが大嫌いで、どうしようもなく、好きなところでもあった。
声に応えずにいると、雨のなかへ踏み込んでくるきみが、いつもそうしたとたん、雨脚が弱まるから不思議だ。困ったようにきみが笑っている。少年の白い頬に張りついた髪を優しく拭う、その細い指先も濡れている。

「風邪をひくよ」

ふわりとタオルを頭にかけられ、そのまま髪をくしゃくしゃにされる。
まるで拾われた猫みたいだ。見つけるのは、いつだってきみのほう。タオル越しの指先の動きに、肌が粟立つ。

「こんなこと、しなくても、魔法で乾かせば」

きみの手が止まり、うつむいていた顔を上げた。悲しませてしまったのだろうか、と少し心配になる。
きみの周りの大気が、ぱあっと輝く。雲が切れ、日射しが差したのだと、すぐにはわからなかった。
優しげな表情に、思わず目尻が痙攣する。

「魔法で、雨は止まないから」

意味がわからず、少年は首をひねった。
きみがうれしそうに笑っている。空を見上げ、「やっと晴れた」と言っている。
きみの真似をして、上を見る。さっきまでの雨がうそみたいに晴れた空を見ていると、少年は無性に、隣のその冷たい手を自分の手で掴みたくなった。
僕は、きみさえいればなにもいらないんだ。思いきって言ってやりたくなる。少年は、だが言えない。

「晴れて、よかったね」

なにも知らないようでいて、なにもかも知っているようなきみは、もう一度、少年の名前を呼んだ。首を傾げて、自分の子どもに言い聞かせるようでもあった。

「よかったね、ハリー」


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