24 太陽は何度でも

はぁ、と重たい息を吐く、リーマスの気持ちを映し出すかのように、空が曇っていた。
そのせいで、あたりは光も影もない。花の彩りも、輝く青葉もいまは、水に沈んだような青灰色だ。
恐らくは禁断の森にいるようだが、ここはリーマスにも見覚えがない場所だった。
身体が痛い。傷だらけの上半身はなにも身につけておらず、寒気がする。息が苦しい。鈍痛もある。右手が、流した覚えのない血で汚れていた。
忘れるわけがないのに、一年ぶりのこの感覚を、リーマスは思い出していた。たかが一年だというのに、なぜか以前より重く、リーマスにのしかかってくる。
腹の具合をおそるおそる、確かめた。食欲はなかったが、胃が空っぽであることに、ほっとする。
リーマスは、木の根元にだらしなく背中を預けて、何度目かのため息を吐いた。陰鬱な気持ちが全身へ広がっていく。
自分の右手を、目の前に持ってくる。
血はすでに乾いて赤黒くなっていたが、この量から察するに、この手は確実に、相手に深手を負わせているように思えてならなかった。
リーマスの記憶は、叫びの屋敷を出たところで、暗闇に灯る蝋燭を吹き消したように、最後は煙に巻かれ、途切れている。

あのあと、いったいどうなったのだろうか、なんて、知りたくもなかったが、想像するまでもない。

子どもたちは、シリウスは、ピーターは。
彼女は、無事だろうか。
両手で顔を覆う。そのとき、「リーマス」と呼ぶ声がした。

「やっと見つけた」

足場の悪い斜面の上に、彼女が立っていた。
右腕を肩の高さで横に伸ばし、バランスをとりながら、リーマスがいる場所まで下りてくる。
いつも彼女が履いている靴を、いまはなぜかその手に持っていた。腰のベルトに、杖が差してあると思ったら、それはリーマスの杖だ。

「こんなところにいたの」

目の前までやってくると、リーマスに微笑む。昨夜の出来事などなかったかのような、いつもの彼女に見える。

「探したよ」

リーマスは、息を呑んだ。気紛れな雲が千切れ、太陽の光がゆるりと地上に差したのだ。
夏の日差しを歓迎するかのように、周りの木々たちが一斉に騒めき立った。青灰色だった世界が、花の散るように剥がれ落ち、色彩が息を吹き返す。
手を伸ばせば届く場所に、彼女がいる。

「帰ろう、リーマス」

言葉がなかった。この光は、彼女が連れてきたのだろうか。あまりの美しさに、見とれてしまう。
差し出された手を掴むが、リーマスは立ち上がらず、彼女を自分のほうに引っ張っていた。


「ごめん。リーマスの杖、少し汚してしまった」

彼女がリーマスの前で正座になり、申し訳なさそうに、杖を差し出す。たしかに、リーマスの杖は以前より汚れているようだった。
ただその汚れがあきらかに血痕なので、 なにも言えなかった。彼女もなにも言わなかった。

「私は学校を辞めるよ」

杖を受け取り、リーマスは言った。今回のことで、学校やみんなにどれほどの迷惑をかけたのかはわからないが、決心はしていた。
彼女が悲しそうな瞳でリーマスを見たが、意思は変わらない。

「きみにはいつも、守られてばかりだったね」

リーマスが微笑む。しかし、彼女の悲しげな表情は変わらず、うつむいてしまって、首を横に振った。

「私はだれかを守れるほど、強い人間じゃない」

知っているよ、とリーマスは笑う。彼女の頬に手を添えて、その顔をもっとよく見たくて、こちらを向かせる。

「知っているよ。だからきみは、そんなに優しいんだ」

そんな顔をしないでほしかった。彼女には、笑っていてほしい。どうか、しあわせに。
きみにとっては、なんでもなかったかもしれないことで、どれほど救われてきたかわからない。
自分の名前を呼んでくれることが、いつも駆け寄ってきてくれることが、笑いかけてくれることが、どんなにうれしかったか。傷だらけのリーマスの身体を抱き締め、泣いてくれたこともあった。謝る必要なんてひとつもないのに、彼女は、ごめんね、と繰り返していた。
彼女はきっと、この先も知ることはない。
当たり前のように触れられる指先に、すこし甘く、切ない痛みがじん、と広がる。

「ありがとう」

愛しいひとを引き寄せ、額に口づけをする。
これくらいなら、許してくれるだろう? とスネイプを思い出す 。
きみの言うとおり、彼女はきみのものだ。できるものならば、奪ってみたかった。
目をぱちくりさせている彼女に、リーマスは首を傾げて微笑んだ。


「というわけで、私は行くよ」
「なんでもいい。早く行け」

スネイプが邪険そうに、リーマスに向かって手を払う。

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