23 ある愛の形




……どれくらい、そのままでいただろう。彼女はひとり、立ち上がった。
白のシャツブラウスは泥に汚れ、切り裂かれて、血だらけなうえに、いつの間にか靴も履いていなかった。
頼りなげな足は一歩、一歩と前に進んでいく。乾いた土の感触も、歩きながら掴まる木の手触りも、感じられない。
森を抜けると、ホグワーツの城が見えてくる。石段まで辿り着き、足をかける。何度と踏み外しながら、夜が明ける前に、ここを出て行こう、と考えていた。行く当てなどなかったが、もうここにはいられない。
正面玄関の樫の扉まで来て、しかし限界だった。
目が眩み、立ってもいられなくなる。
玄関ホールとの境で、壁にもたれて、ずるずるとしゃがみこんだ。
あぁ、もしかしたら、出て行く必要もないかもしれない。肩の痛みさえ、感じなくなっていた。
目の前が暗くなっていく。このまま眠りにつくのか、死んでしまうのか、わからないが、どちらも一緒のことに思える。遠退いていく意識を手放しかけたとき、しかし近づいてくる靴音が、邪魔をした。
彼女は、最後の力を振り絞るように、うっすらと目を開ける。いかにも魔法使いらしい、爪先が天井を向いた靴が目に入ったとたん、彼女の表情が歪んだ。

なんで……。

胸が詰まり、息が苦しくなる。

どうして、ここにいるんですか。

立ち上がる力など、もうどこにも残ってなどいない。このまま放っておいてほしいのに、彼は現れた。

「お主が求めるなら、わしはいくらでも、手を貸そう」

彼女は、身体を支えていた手に、拳を作る。
それはとても残酷なことに思えた。
私の望みは、あなたに見放されることだ。彼女は、ダンブルドアの期待に、答えられない。
消えてしまいたい。楽になりたいのだ。
落ち着きはじめていた、左肩の傷が、それを許さぬように、まだ彼女が生きていることを実感させるかのように、痛みを訴えだす。
肩を押さえ、顔をあげる。だが、彼女はそのまま動けなくなった。
ダンブルドアが、にっこりと微笑み、彼女を見つめていた。夜の頂で立ち尽くしているかのような月の光さえ、味方にして、きらきらと輝いている。
ダンブルドアの纏う、月明かりの輝きがしずくとなって、彼女の頬に触れた。


「……っ助けて」

それは、自分の意思に反して溢れた、心の叫びだった。

助けて。もうどうしたらいいのか、わからない。みんな、いなくなってしまった。
ひとりじゃなにもできないくせに、死ぬこともできず、生きる理由はとっくに失ってしまった。
ごめんなさい。こんなにも弱く、役立たずなのに、私はまだあなたにすがりついてしまう。
なにも守れず、なにも残ってない手が、拳をほどき、肩から離れる。彼女は、自分の右手のひらを見た。空っぽの手は、ただただ血と泥で汚れていた。
しかしダンブルドアが、その手を掴んだ。自分の手が汚れることなど気にも留めず、大きな、やさしい手。風も感触も、草木の匂いも感じないのに、しっかりと握られた手の感触だけを彼女は覚えていた。
そこから先はもう、トントン拍子だった。
ダンブルドアが傍らに膝をつき、視線が近くなる。星空を閉じ込めたような瞳が、肩の傷を確かめている様子を、彼女は間近で見た。
「痛そうじゃのう」感心するかのように、微笑んでくる。

「いたい、に、きまってるじゃないですかぁ…」

泣きそうに語尾が震えると、ダンブルドアがくすくすと笑った。
ただそれだけのことなのに。あんなに苦しかった胸が、不思議と楽になっている。

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