21 ハッピーエンドは程遠い

狼は孤独だった。
丸い月が狼に自由を与える夜、種や形は違えど、そばにいてくれた仲間がいつの間にかいなくなってから、だいぶ久しくなる。けれど、今夜だけは少し、期待もした。
狼が目を覚ますと、そこに見覚えのある景色が広がっていたのだ。彼らと一晩中、走り回った校庭だった。狼はここで、生まれてはじめて自由を知った。
あのころのように、いつも檻の中に閉じ込められていた狼を、仲間たちが連れ出してくれたのだと思った。
狼は、空に向かって伸びる、立派な角を探した。月の光を浴びて輝く、黒い毛並みを探した。自分の足元を覗きこみ、誤って踏み潰していないか、小さき者を探した。
どこにも彼らの姿はなかった。
しかし、狼は、ひとりではなかった。頭の禿げた中年の男と、足を怪我している若者が、青ざめた顔で狼を見上げている。こんなに近くで人間を見るのは、はじめてに近い。どこに噛みついても、たくさんの血を噴き出しそうな肉体が目に入った瞬間、狼はかつての仲間のことなど、どうでもよくなった。肉の感触を思い出し、歯がうずき、カチカチと音を出す。
若者の足の傷口から香ってくる血の匂いにそそられながら、狼は悩んだ。新鮮なのは無論、若者の肉に決まっている。だが、彼はあまり、肉がついていないようだ。中年の男のほうが、丸く太っていて、噛み応えがあるようにも見える。
そのとき、血の匂いに気を取られ、狼は自分の背後にある気配に遅れて気づいた。
驚き、身体を捻る。長い腕の先についている、鋭利な鉤爪で、その気配を振り払った。
爪の軌道に乗って、真っ赤な鮮血が飛び散る。
鉤爪に肉の手応えを覚え、狼は歓喜する。いつも自分の身体を傷つけてばかりいる狼にとって、痛みの伴わない肉の感触は、これ以上ない悦びであった。赤く汚れた前足を掲げ、月の明かりに照らし、その色を確かめる。
その血は若く、新鮮で、狼の手首を滑らかに伝う。もっと欲しくなり、いま自分が傷つけたものを探した。数歩先に、人間がふたり、転がっているのをすぐに見つけ、嬉しくなる。これで人間は四人だ。
転がっているうちのひとりは、黒い服に身を包み、気を失っているのか、ぐったりとしている。狼の目は、その男のそばで、左肩を押さえている女のほうに釘付けになった。
肩を押さえる手の指のあいだから、うっとりするほど血がどくどくと溢れ、白い服がみるみるうちに、赤く染められていく。膝をつき、うずくまっている女に、狼は吸い寄せられた。
一歩、踏み出したとき、それを止めるかのように突然、胸騒ぎがした。はじめての感覚に、狼は戸惑う。身体の奥のほうで、だれかが外に向かって叫んでいるかのようだ。なんてことをするのだ、と怒り、狼には馴染みのない感情が、じわりと広がる。
自分のようで、これは自分ではない。ならばきっと、あの男のものに違いない。
最近は、満月の夜も妙な薬で狼を檻に閉じ込めているのだから、今夜くらいは大人しくしておけばいいものを、狼は気色が悪い感覚に、自分の胸を掻き毟った。痛みであの男の存在を消そうとする。
そして、気を取られていたその瞬間、狼に思いきりぶつかってくる者がいた。すかさず喉元を噛みつかれる。

あぁ、やはりここにいたのか。

仲間の姿に気づき、遠吠えをあげようとした。が、うまくいかなかった。
彼は狼の喉元から離れず、ましてはこれから一緒に散歩へ出かける様子ではない。


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