19 同じ場所、遠い昔

ハリーたちがいるのは、叫びの屋敷でも、寝室らしき部屋だった。古びて、壊れた天蓋つきのベッドに、腰をかけているブラックは、顔をうつむいていた。
「ハリーのお父さんが、私に呪いをかけたんだよ」と彼女が言ったきり、だれも言葉を発せなくなっていた。ハーマイオニーが、ショックを受けた顔で、隣のハリーを見る。
どうして父さんが……?
「いまは、その話はいいだろ」とブラックが言っている。
彼女の話に理解しようと、頭を必死に動かせる。そして、様々な記憶の欠片が泳ぐ海のなかで、たまたま目の前を通ったそれを、はっと捕まえるかのように、ハリーは思い出した。
はじめて彼女に出会った夜のこと、彼女はハグリッドとともに、ハリーを迎えにきた。外は嵐だった。みんなが寝静まったボロ小屋で、ふたりきりだった。

『ハリーは、お父さんにそっくりだよ。目だけは、お母さん』

彼女は言っていた。頭が痛くなるのを感じる。彼女の話は、まさにこの部屋のように継ぎ接ぎだらけで、全部が見えてこないのだ。

「あいつが、ここにいるんだ」

苛立った声で、ブラックが絞り出すように言い、ハリーは現実に引き戻された。

「あいつ?」
「そのねずみを、見せてくれないか」

ルーピン先生は自分の杖をしまい、ロンに向き合った。ロンは、雄々しくも立ち上がろうとしたが、足の痛みに小さく悲鳴をあげて、座り込む。心配そうに歩み寄りかけた先生に向かって、ロンはあえぎながら言った。
「僕に近寄るな、狼男め!」
「ロン」すかさず声をあげたのは、彼女だった。
怒鳴るような声ではなかったものの、あきらかに剣を含む。

「それは、ただのねずみじゃないんだ」

ルーピン先生は、自分の発言にすら、気分を悪くしているようだった。
「スキャバースは僕のペットだ。ずっと一緒にいたんだ」ロンが噛みつくように応戦する。
「ふつうのねずみは、スキャバースのように長生きしない」落ち着いた声で、彼女が言う。

ずいぶんためらっていたが、ロンはポケットで騒ぎ立てているスキャバースを、外に出した。スキャバースが現れたとたん、ブラックは血走った目で立ち上がった。

「そいつは魔法使いだ」

ブラックは瞬きもせずに、スキャバースから目をそらさない。「私と同じ、動物もどきだ」
彼女が顔を伏せる。「私たちの友人だった」
「名前は、ピーター・ペティグリュー」警戒するように、ルーピン先生は再び杖に手をかけながら言った。
ペティグリューは、十二年前に、ブラックが殺した相手のはずだ。
ロンの手に捕まっているスキャバースは、キーキーと喚き、まるでここから逃げ出したいかのように、主人の手を引っかき、噛みつき、異常なほどに暴れている。
「三人とも、どうかしている」
ハリーが思っていたとおりのことを、ロンが吐き捨てるように言った。
「ばかばかしい!」ハーマイオニーが、ひそっと囁く。
「ペティグリューは死んだんだ」ハリーは夢中で、ブラックを指差した。
「こいつが、十二年前に殺した!」
ブラックの顔がぴくりと痙攣する。怒りに任せて、いまにもスキャバースに襲いかかりそうな気迫があった。

「ちゃんと説明しよう」

これでは埒が明かないと思ったのか、そこで彼女が、ブラックを押し留めるように、言う。なにかを探しているかのように、部屋の打ち付けられた窓を見ていた。

「ハリーたちは混乱してる。シリウス、私にもわかるように……」

彼女が口をつぐんだ。部屋で唯一の出入り口である扉が、軋むような音を立てて、ひとりでに開いたのだ。その場にいた全員が、黙りこみ、扉に見入った。
ルーピン先生が、警戒しながら、扉のほうに進み出て、階段の踊り場まで様子を見に行く。戻ってくると、彼女に向かって、首を振ってみせた。
「だれもいない」
「ここは呪われてるんだ」
ロンはスキャバースを抱きしめ、周りを警戒しながら言う。
一瞬、思いにふけったように息を吐き、「そうじゃない」とルーピン先生が静かに否定した。

「叫びの屋敷は、けっして呪われてなどいない。村人がかつて聞いたという叫び声は、私の出した声だったんだよ」
「先生が?」
「シリウス、ピーター、それにきみのお父さんが未登録の動物もどきになったのも、満月の夜に私をひとりにしないためだった。彼らがそばにいる限り、私は無害な狼だったからね。だが、一方で、私たちは数え切れないほどの校則を破っていた。その罪を知られたくないがために私は、シリウスの正体を、ダンブルドアに話さなかった。シリウスの友人だったから、スネイプはずいぶんと私のことを疑っていたようだが、結局私は、シリウスを手助けしていたんだろうね」

そのとき、ブラックがこれ以上ないというほど、嫌悪感をあらわにした。その瞬間だけ、スキャバースのことも頭から離れたようだった。

「スネイプ? やつの名前が、どうして出てくるんだ」
「彼もここにいるんだ。魔法薬学を教えている」

ブラックがなぜか彼女のほうを見たので、ハリーもつられる。

「じゃあ、スネイプも、同級生ってこと?」
「そうだよ」彼女がうなずく。
「でも、いつも、スネイプ先生って呼んでいたような…」
「まぁ」とルーピン先生が苦笑をもらした。

「私たちはあまり、仲がよくなかった。むしろ、きみのお父さんとは最悪だった。それで、シリウスがちょっと、面白半分でスネイプに悪戯を仕掛けたんだ。満月の夜、私がいるこの部屋に、スネイプを呼び出そうとした。間違いなく、私は襲いかかっていただろう」
「ふん。いい気味だった」

鼻で笑うブラックを、彼女が振り向く。ハリーが立っている位置からは、彼女と目が合い、叱られた犬のように怯むブラックの表情がなんとか見えた。

「スネイプが死なずに済んだのは、シリウスから事情を聞いたきみのお父さんが、助けにきたからだ。彼にとって、それは私に殺されるより最悪だったかもしれない。彼は、だから私たちを憎んでいる。私たちが全員で、彼を陥れたと思っているんだ」
「そのとおり」

冷たい声がして、状況が一転した。
透明マントが脱ぎ捨てられ、スネイプが現れる。ルーピン先生に向かって、杖を構えていた。

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