18 叫びの屋敷

リーマスは、自分の執務室で、大きな地図を広げていた。古びた地図はあまりに懐かしくて、旧友に再会した気分だった。学校の敷地内をすべて、隅から隅まで網羅し、いくつもの小さな点が名前を携えて、城内を徘徊しているのを眺める。
外は陽が傾きはじめ、今日で学期末の試験をすべて終えた、子どもたちの活気が、城内に戻っている。
リーマスはふと、笑みを浮かべた。彼女の名前がついた点が、リーマスの執務室の前で止まったのだ。

「なに、見てるの」
「とてもなつかしいもの」

彼女が身を乗り出し、リーマスの机の上を覗き込む。「あ」と声を上げ、訝しんだ。

「忍びの地図?」
「まさに」
「どうして、ここに」
「私が見つけたときは、ハリーが持っていた」
「ハリーが?」

考えるように黙りこみ、彼女は、「不思議なこともあるものだね」と言う。どうしてハリーが忍びの地図を持っていたのか、あまり興味はないようだ。
「没収されて以来、もう見ることはないと思っていたよ」
どういった経緯で、この地図がハリーの手に渡ったのか、リーマスにもわからないが、ハリーは、この地図の作成者のひとりが自分の父親だとは、知らないようだった。
時を経て、本人たちも知らないうちに、父から子へ、忍びの地図は受け継がれたのだ。
そのとき、地図を見ていた彼女が、「あれ」と声を漏らす。「あ」と思わず、リーマスも地図に見入った。
もうすぐ夕食の時間もあり、地図上で、大半の生徒の点が大広間に集まっている。それなのに、ホグワーツ城から離れていく三つの点が目についた。歩きにくそうに密着しているので、透明マントを着ているのかもしれない。

「ハグリッドの小屋?」

彼女が、彼らの行き先を推測するが、リーマスは確信していた。

「バックビークのことで、ハグリッドが心配なのだろうね」

案の定だ、とため息をついているリーマスを見て、彼女が目を細める。

「リーマス、先生みたい」
「私も、自分が教師に向いてるとは思わないよ」
「そんなことない、すごく向いていると思う」

彼女の言葉は、いつもまっすぐだ。射られた矢のように、胸の真ん中へ、すとんと刺さってくる。まっすぐな言葉は美しく、心地よい。教師として、この先もうまくやっていけるような気さえしてくる。リーマスは苦笑を浮かべた。
この生活が、恵まれすぎた待遇が、長くは続かないことを、心のどこかでわかってもいるのだ。
「赤ん坊だったのに」リーマスはしみじみとした口調で、口にした。最後に見たときは、ひとりではなにもできない、赤ん坊だったハリーが、月日の流れに伴い、少年と成長している。
単純にうれしかった。リーマスは、彼を助けてあげられなかったけれど、ほかの学生と同じように、友人たちと勉強やスポーツに励むハリーの姿は、なによりの慰めだった。
彼は不幸を強いられた。だが、きっと大丈夫なのだ、と。
みんなではじめて赤ん坊のハリーを見に行ったときに感じた、あのあたたかい光が、まだ彼のなかで輝いているようだった。
地図を眺める、彼女の横顔を、西日が照らしている。リーマスはつい見とれてしまう。ベビーベッドで寝ている赤ん坊を覗き込んでいた横顔と、重なる。
一方、彼女は、月日の流れに逆らい、あのころとなにも変わらない。
失ったものは、大きいはずなのに。

「ピーター」

地図を見たまま、彼女がぽつりとつぶやいた。
「え?」とリーマスは聞き返す。

「ピーターは」
「ピーターがどうかしたかい?」
「シリウスに、殺されたって…」

彼女が地図上の一点を、指先で差した。それを追ったリーマスも、自分の目を疑った。
勇敢で無謀だったピーター・ペチュグリューは、裏切り者のシリウス・ブラックを追いつめ、逆に殺された。はずだった。その名前がいま、ハリーたちと一緒に、暴れ柳の近くにあった。
半信半疑な思いで地図から顔を上げると、彼女と目が合った。しばらくお互いの顔を見つめ合う。
部屋の隅にうずくなっていた暗闇が、彼らのいる場所まで手を伸ばすかのように、広がりはじめていく。
瞬きをした、一瞬だった。ホグワーツでは使用できないはずの「姿くらまし」の如く、彼女が消えていた。

「あ、れ?」

執務室の扉が、ぎぃ、と儚い音を立てる。あまりの素早さに呆気にとられたリーマスも、我に返り、慌てて後を追った。
リーマスの足音が遠退き、だれもいなくなった執務室は、静まりかえる。机の上に広げたままの忍びの地図に、新たな黒点が現れていた。シリウス・ブラックという名を、携えて踊る。

窓の外では、空が朱色と藍色に染め分けられていた。

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