13 写真

ちゃんと寝てるみたいなのに、どうしていつもあんなに、眠たそうにしているのだろう。
部屋にハーマイオニーが来ていることにも気づかず、ベッドで丸くなっている彼女を見ていると、ハーマイオニーのなかに、むくむくと悪戯心が芽生えてきた。幸い、身体が部屋のほうを向いて寝ているので、ハーマイオニーは好奇心に後押しされ、彼女の顔を隠している上掛けを、ほんの少しずらしてみた。寝顔を覗く。
それから、横になっている彼女の顔の向きに倣うように、首を傾げた。

枕に甘えるかのように眠っている彼女の表情は、なんだか緊張しているように見えたのだ。眉間にしわこそないが、閉じた瞼が強ばっている。
嫌な夢でもみてるのかしら。
いくら見ていても、目を覚ます気配はない。頬にかかっている、邪魔そうな髪を耳にかける。
枕の端をぎゅっと握った拳を開き、手を握った。ハーマイオニーの手もじゅうぶんに冷えているが、彼女の手はさらに冷たかった。まるで最初から、血など流れていないかのようだ。温めるように、手を握る。
ふいに、不安がよぎる。
ハーマイオニーは、彼女と過ごす時間のなかで、このひとのことが少しずつだが、わかってきたような気がする。
彼女は決して、ロボットのように無感情ではない。ただ果てしなく、諦観しているのだ。
砂漠の真ん中に立つ彼女の姿が、目に浮かぶようだった。彼女を守る木陰はどこにもなく、その目は地平線の遥か彼方をずっと見つめているだけで、彼女自身、一歩も足を踏み出すそうとしない。太陽の熱でじりじりと肌が焦げ、そうやって死んでゆくことすら、自ら望んでいるような雰囲気さえある。きっと、自分の命にも執着がないのだろう。
それはハーマイオニーにとって、無性に腹が立つ話だった。どんなに心配していても、彼女には届かないのだから。なぜかはわからないが彼女は、ハリーのためなら、たとえ火の中、雨や雷の中でも、その身を投げ打って助けにいくのだ。
そのとき、手を握り返される感覚があった。見ると、彼女がうっすらと目を開けていた。焦点が合ってない目は、ハーマイオニーのことを、把握できないみたいだった。
「メリークリスマス」ハーマイオニーは優しい声を出した。「朝よ。といっても、もう昼食の時間だけど」
彼女は、また目をぎゅっと瞑って、命綱を握るかのように、手に力を込めてくる。
「ハーマイオニー?」擦れた、頼りない声だった。

「怖い夢でも、みていたの?」
「ん?」
「そんな気がしたから」
「みた、かな…。わからない」
「じゃあ、どうして」

ハーマイオニーは戸惑いながら、口にする。
「どうしてそんな、不安そうな顔をするの」
とろんとした目でハーマイオニーを見つめ、苦しげに眉を困らせていた。目が覚めたら、と彼女は気まずそうに言った。

「目が覚めたら、今日が、明日じゃないかもしれないから」

寝惚けているだけなのか、ハーマイオニーには、わからない。ただ声が、怯えたようにか細かった。

「さぁ、起きて。一緒に大広間に行きましょう」
「大広間?」
「ダンブルドアが、あなたも宴会に参加しなさいって」
「えー、なんで」

ベッドから離れまいと潜り込もうとする。なのに、手は離そうとしてくれない。
そんな子どもっぽい仕草に、気持ちが綻んだ。

「マクゴナガル先生が、必ず来るようにって言ってたわよ」

これは、驚くことに、魔法の呪文だった。駄々をこねていた彼女が、あっさりと、ベッドから出てくる。「準備するから、先に行ってて」と完全に観念していた。

「いいえ、ここで待っているわ。私が部屋を出て行ったら、また寝てしまうかもしれないから」

彼女は、なにも言わなかった。部屋の真ん中で部屋着を脱ごうとする。見ているハーマイオニーを、ふと見つめ返してきた。

「あっち見てて」

拗ねたような口ぶりに、ハーマイオニーは、思わず噴き出した。

「なにが恥ずかしいの? 女同士よ」
「いいから」

苦笑を浮かべ、はいはい、と背中を向ける。
彼女の支度が終わるまで、近くにあった本を、手に取ってみた。表紙にある文字からして、ハーマイオニーには読めない字だ。恐らく日本の書物なのだろう。
パラパラと捲って、流し読んでいると、ある頁で勝手に止まった。なにかが挟まっている。栞かと思い、深く考えずそれを手に取る。それは、一枚の写真だった。
東洋人らしい若い男女が、身を寄せるように映っている。笑顔だが、動かないから、マグルの写真だと分かる。
女の顔立ちが、ハーマイオニーの興味を惹いた。一つ結びを肩にかけた長い黒髪。どこか彼女に似ている。彼女の手元にあることから考えて、彼らは彼女の両親だと思った。
「あ」と声が出る。ハーマイオニーの手から、写真が取り上げられた。
白のシャツブラウスに着替えた彼女が、後ろに立っていた。ハーマイオニーと写真を、見比べてくる。
「それ」ハーマイオニーは写真を指差した。もう少し見ていたい気持ちがあった。「それ、あなたのご両親?」
彼女は、写真を本に戻して、閉じてしまう。

「お母様に似ているわ」
「似てないよ」

そのとき、ハーマイオニーは耳を疑った。たしかに彼女から発せられたせりふには、いままで聞いたことのない、嫌悪感のようなものが込められていた。
彼女が本を元の位置に戻し、一緒に部屋を出る。最後に、「ご両親はいま、なにしているの?」と訊いてみた。
明日の天気の話をするかのような、興味のなさをあらわに彼女は、「ずっと昔に死んだよ」とだけ答える。
直後、ハーマイオニーに、後悔の波が押し寄せてきた。その言葉を口にさせただけで、彼女を傷つけてしまった気がして、訊かなければよかった、と思うのだった。

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