団長が亡くなった。
その報告を受けた私は、あの戦いから生き延びてしまった1人だった。
獣の巨人が投げる岩が右腕を吹き飛ばし、失くしはしたが、命は落とさなかったようだ。
フロックの声で意識が戻ったが、既にフロックはおらず、拾った信煙弾を出来る限り撃ち続け、漸く見つけて貰えた。
団長の体に岩が直撃した場面を思い出して、ただひたすら泣いた。
私は彼を愛していた。愛されてはなかったが。
壁外調査の度に、懇願し、体の関係を持った。
その程度だ。
リヴァイはある部屋の前に居た。
ノックをすれば、弱々しい声が聞こえる。部屋に入って彼女の姿をベッドに見つける。
「調子はどうだ」
ドアを閉めて声を掛け、よく見れば泣いた跡がある。
「・・・大丈夫です」
「・・・そうか」
「兵長・・・なぜ毎日様子見にいらっしゃるんですか。お忙しいでしょう、私みたいな下っ端に構っている時間は無いのでは・・・」
「9人だと思われた生存者が、1人増えた。それがお前だ。兵団にとってこれ以上無い朗報だ。それに部下の面倒を見てやるのも上司の仕事だしな」
リヴァイはサラの腕を見る。兵団、という言葉を出したが、サラはもう兵士として戦いに参加することは難しいだろう。
エルヴィンも同じ腕を巨人に食われ、戦闘することは出来なかったのだ。
「腕はどうだ」
「・・・大丈夫です」
「にしてはガキみたいに夜泣きが多いみてぇだが」
「それは・・・違います、腕は大丈夫です」
「なら、死んだはずの奴の匂いがするのと関係があるのか?この部屋だけだが・・・亡霊でも出て怖がって泣いてやがるのか」
リヴァイが問えば、僅かに「しまった」という顔付きをしたサラをリヴァイは見逃さなかった。
「何故奴の・・・エルヴィンの匂いがする」
するとサラは、シラを通すでも無く、枕の下から小さな瓶を出した。
「・・・これです」
「香水か」
「はい・・・エルヴィン団長の使用していたものと同じものです。団長の特注だそうで、いつかの壁外調査前に分けて頂いたんです。・・・手元にはもう、これだけしかありません」
「お前・・・あいつが、」
香水から目をサラに移すと、サラの瞳からは止めどなく涙が溢れ出していた。答えを聞くまでもなく、リヴァイは小さくなり震えるサラの背を撫でた。
「気持ちが悪いですよね・・・私」
「何故そう思う」
サラはゆっくりと左手を右腕に添えた。
「私は・・・この匂いがすることで、団長が・・・亡くなったことを否定したかった。まだあの方が生きていると・・・。私は・・・目の前で・・・見たのに・・・」
左手に力が入っている。止まりかけた涙がまた溢れ出して、サラが嗚咽を上げた。
「無理に話すな。他に俺ができることがあるならやる」
「・・・では・・・コレを付けて・・・一緒に寝て下さい。傍に居てください・・・」
今にも死んでしまうかもしれない、この瞳を知っている。リヴァイは断る意味は無いと判断し、香水を付けた。
最近まで生きていた男の匂いがする。まるで今横にいて、今にも声が聞こえてきそうだ。懐かしいような、そして異様な感覚に不気味さまで覚える。
「なかなかいい趣味をしてるな」
感情を悟られぬようにと言葉が口から滑った。靴を脱いでサラの横に腰掛けると、急いで避ける。そのスペースに寝転がって、サラを見た。
「ほら、来い」
リヴァイの言葉に、サラは申し訳ないような、悲しみを含んだような表情で横になった。
そんな2人の奇妙な時間は日々続いたある日。
「サラ、もう香水が無くなる」
多分、今日で終わり。
サラの腕は、当然、幻肢痛は起こるが傷口は良くなってきたようだ。
「・・・お願いします」
残り少ない香水は、項、胸元、ウエストに付けた。量も少ない為、体温が高い場所に付けても匂いが強過ぎない。
ベッドに上がると、サラが細い布を手渡してきた。
「最後だけ・・・最後だけ私に・・・」
すぐに意図を察したリヴァイは、布をサラの目元に当て、目を隠した。
「痛くないか」
「はい。・・・あと・・・今日は兵長が横になってください」
リヴァイは言われるまま横になる。
「嫌だったら・・・仰って下さい」
サラは体を左手で頼りなく支えながら、リヴァイの首元に顔を埋めた。耳にサラが一生懸命に香りを吸い込む音が聞こえる。
時たま鼻をすするので、匂いで鼻がやられたかと見てみれば、どうやら泣いているようだ。
「エルヴィン・・・団長・・・」
そう呟いてリヴァイの胸に頭を置くサラ。
その頭に手を置いて抱き締める。
「・・・さい・・・私も・・・連れて行って・・・下さ・・・」
リヴァイの胸が苦しくなる。何をしてやるでもなく、ただ黙って撫でていたが、サラが頭を上げて、リヴァイの胸元に鼻を近づけた。
涙で顔も、そしてリヴァイの服も濡れている。
「団長・・・抱いてください・・・、最後に・・・今日で終わりにしますから・・・」
リヴァイは言葉を聞いて、言葉を発さぬままにサラと体勢を代わった。
大人しく泣いたまま、サラは横を向いている。
その頬を撫で、顔を自分に向かせキスをすると、左手がグッと服の胸元を掴んできて、もっと深く、と求めてきた。
リヴァイにエルヴィンを重ねたまま、唇を重ね、身体を委ねた。
サラが身体を求めてきたのはその時だけで、香水が無くなってからは兵士長と部下、その関係だけだった。
それから少しして、サラが懐妊していたと聞いてリヴァイがサラの元に訪れたが、忽然と姿を消した彼女は兵団を去っていた。ハンジ以外には明かさずに。
実家を聞き、足を運んだが、実家はもぬけの殻で引っ越した後だった。
今どこで生きている。何をしている。腹の子供は順調に育っているのか。子供の名前は。そもそも産んでくれているのか。・・・俺の子、だよな。そうであってほしいが。
巨大樹の森の横を通過する荷馬車に乗せたジーク・イェーガーの見張りをしながら、リヴァイは彼女を想った。
腹の子がデカくなる頃には、多少は生きやすい世の中にしておいてやる。だから・・・生きてくれ。
リヴァイは心に強く近い、馬を少し早く進ませた。
-END-
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