それを見たのは、月だけ。


寒い。

暗い部屋で暖房さえも付けずに部屋の隅にあるベッドで涙を流す。泣く時、私は絶対に目を拭わない。余計に腫れるからだ。私は重力に負けて太ももを濡らしていく涙を見ながら、声を殺して泣いていた。

零れ落ちる涙の原因は自分にあった。
まずは小さなミスから。そのミスで今日は異常に狼狽えてしまい、更なるミスを呼んだ。度重なるミスに上司は苦笑いで、お局は嫌味を垂れて。

年に何回かあるこの感じ。ああ、また暫く引きずるな、コレ。

溜息を吐くとほぼ同時に、スマートフォンの画面が明るくなった。鋭い光に目を細め、パタパタと涙を落としながら画面を見る。

「……エルヴィンさん」

メッセージの相手、エルヴィンさんは私が想いを寄せる、会社の他部署の幹部の人。ずっと気になっていた私は会社の年度末懇親会で酔った勢いで連絡先を入手。そこから頻繁に飲みに行ったり相談に乗ってもらっている人。正直、脈はない。

メッセージを見てみる。
内容は夕食の誘いや、二時間ほど経って、心配するメッセージが。

胸がズキズキしながらもエルヴィンさんに返事をする。

「大丈夫、です。ご心配お掛けして、すみません」

返事の内容を確認しながら打ち込んで送信すれば、すぐに既読が付いた。

その途端に電話が鳴る。つい、焦って電話に出てしまった。

「……泣いてるのか」

鼻声を聞かれてしまい、すぐに聞かれてしまった。花粉症だと嘘をついて笑う。

「花粉症、か」

納得いってないエルヴィンさん。私は謝って、「実は」と、今日のことを話す。エルヴィンさんを頼りにしてるからだろう、すぐになんでも話してしまう。

エルヴィンさんに話し始めると止まらなくなって、自責しながら涙をまた落とした。

エルヴィンさんはただただ、聞いてくれた。電話越しでも、真剣な様子が取れる。エルヴィンさんを思い浮かべて、また涙が出た。会いたいな、なんて。恋人でも無いし、叶う訳ないけど。

「……です、すみません、こんなこと、情けない……。私のミスが原因なのにこんなに泣いて、甘えてますよね、本当にすみません」

エルヴィンさんが溜息をついた。

「……今、君は一人か」
「……はい」
「何故だろうな。君を一人にするのが……心配だ」

エルヴィンさんの言葉が頭に留まったまま。

「会えないのか」
「へ……今から、ですか」
「ああ、そうだ……いや、すまない、今の言葉は安直すぎた」
「私……、エルヴィンさんに……会いたい、です」

ああ、顔が熱い。寒かった筈なのに、手足の先も、全部熱い。

「今から行く。寒いから部屋で待ってなさい」
「あ……の、部屋、に……来てください。泣いちゃってその……顔が……外出が難しそうで……」

黙ったエルヴィンさん。引かれちゃったかな。

だけど、エルヴィンさんは「分かった。すぐに行く」と言ってくれた。電話を切る頃には涙は自然と止まっていた。

−−−

しばらくして、真っ暗な部屋の中にチャイムが響く。私は鍵を開けた。

「……どうぞ」
「ああ、お邪魔するよ」
「あの……電気付けずに、すみません。目が腫れちゃって……」
「いや、いいよ。暗闇というのは、人間が本心を語りやすくなるそうだ。今夜はとことん付き合うよ」

部屋に入った私達は、窓の外から差し込む月明かりに背を向けて座った。

この夜がずっと、明けなければ、いいのに。



-Fin-




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