未だ引かぬ夏の名残り熱。
降り出した小雨がアスファルトを濡らし、私の街を独特な匂いが包み始める中、私は道路を走る車を呆然と見ていた。
道にある花壇に座り、脱ぎかけのヒールを歩道に投げ飛ばしてみたり、肌についた雨粒を伸ばしてみたり。
私は彼≠待っている。
今日、一日だけを過ごす彼を。
だいぶ湿ってきた私の体が、静かに街に溶けそうになってきた頃、地面のアスファルトを見ていた私の視界に革靴が見え、肌を弾いていた雨粒は突然途切れた。
下を見据えたまま、「二時間。遅い」、と言った。その革靴は「傘くらい差したらどうだ?」と言う。「ヒール、取って」と私が脚でその方向を指せば、革靴は一歩踏み出して私のヒールを取った。
「……遅いよ」
「すまない。俺だって早く会いたかったさ。なかなか抜け出せなくてな」
手にしたヒール。彼はそれを履かせる前に私に傘を渡し、組まれた私の脚に触れて足の甲にキスをした。
「……いいの?見られちゃうよ」
「今ここには俺達だけだ」
彼はヒールを履かせ、私の方を見た。
私は堪らず彼にキスをする。
傘の中での秘密の逢瀬に、幼い頃、隠れて大人のキスの真似事をした時の思い出が蘇った。
「……いいのか?見られるぞ」
「……今、ここには私達だけ、でしょ?」
彼は笑って、「そうだな」と言ってまたキスをした。
「雨、朝には止むって」
「……らしいな」
この雨が止む頃には、私達はまた他人≠ノなる。
その前に私達は、まるで長年連れ添った恋人のように。
Fin
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