白百合に想いを馳せて


美しい装飾が施された店内。
きらびやかなドレス、甘い香りに、男女の愛恋(あいこい)

そんな世界に、エルヴィンは日本に来て十年目で初めて自ら、足を踏み入れる事になった。エルヴィンはこの日も、いつもは通過するだけだった街を車で走っていた。

何もかわり映えのない一日を終え、今日これからの予定は帰宅して、シャワーを浴び、寝る前に少しの仕事をし、就寝する。それが彼のルーティン。
それを狂わせたのは、運転中に目に入った、目を引くような純白のドレスを着飾った女だった。

まるで花嫁のような、しかし、憂いを帯び、闇夜にひとつ咲く白百合を思わせるように……どこか寂しげに立つ女は、夜の店で働く女の客引きだろう。その女にエルヴィンは珍しく目を引かれ、思わず近くにあったコインパーキングへ入場した。

客引きだろうから、早くしなければ。
他の通行人が引っ張っていくかもしれない。

エルヴィンは女の元へ急ぐ。

「……いた、」

先程と変わらぬ様子の女はエルヴィンに気付くと、「こんばんは」と挨拶だけをした。初めて聞いた彼女の声は、見た目はもっと声が高そうなのに、少しハスキーな感じだった。酒焼けだろうか?

「……やあ、君はその……失礼だが、どんな店の子かな」
「ラウンジです。海外の方ですか?」
「ああ、元はな。今は日本に住んで十年になる」
「なるほど!だから日本語が流暢なんですね!もしかしてさっきパーキングに入った方ですか?」
「……ああ、そうだよ。よく分かったね」
「ええ、ここから見えますからね」

見えると言っても割と離れているパーキング。「よく見ているな」と素直に感心した。
少し肌寒い気温の中、薄着の彼女。自分が一緒に行けば寒くないだろうか。周りをよく見れば、彼女よりもタイトで、胸元を見せるようなドレスの女は沢山いた。なんならその女達のほうが寒そうだ。
だが、それを理由に店へ案内させずとも、エルヴィンは素直に

彼女ともっと話をしたい

そう思った。

「私はラウンジなんかの夜の店に詳しくなくてね。よく分からないんだが、君と話すには一緒にお店に行けばいいのかな」
「はい、そうですよ」
「君が、一緒に飲んでくれるのか?」
「ええ、もちろん!来て頂けるんですか?それとも、また考えられますか?」
「行くよ。その為にパーキングに止めて来たんだから」
「わは、嬉しいです!ありがとうございます!」

なんだか、夜の店のキャストのイメージとは違った。
話してみれば陽気な感じの、普通の女の子だった。
夜の店の女には少し下品なイメージを勝手にしていたが、考えを改めようと考えた。

彼女に着いていくと、ライトアップされたビルに辿り着き、エレベーターで二階に着いた。エレベーターを降りて案内されるままに店内へ入る。

「いらっしゃいませ!!」

複数のキャストに挨拶される。
店内は明るく、美しいシャンデリアや、置いてある家具も高級感があり、キャスト達もきらびやかなドレスを身にまとって、気遣いが行き届いた身なりをしている。

エルヴィンが外で目を引かれたキャストに「カウンターでよろしいですか?」と聞かれて「ああ、」と答えながらコートを自然に預ける形になり、礼を言って席につくと、待っていたキャストにおしぼりを手渡され、メニュー表を手渡された。

「当店、初めての方ですよね。料金説明しますね」
「ありがとう。助かるよ、こういう所は初めてなんだ」

キャストから説明を聞きながらも、先程の彼女はどこだと目で探す。
すると、扉から出てきた彼女。ポーチとハンカチ、スマートフォンを手にして歩いてきた。すると、カウンターにいた客に話し掛けられ、笑顔で話を返している。

「もー、いじわるだなあ!あはは!じゃあね!」

笑って会話を終わらせてこちらに向かってくる。

「すみません、お待たせ致しました!改めて……サラです、よろしくお願い致します」

可愛らしい名刺を差し出され、エルヴィンもポケットから名刺を出して交換する。

「エルヴィン・スミスさん、スミスさん!お願いします!」
「エルヴィンでいいよ、君も下の名前なんだろう?対等にいこう」
「じゃあ、エルヴィンさん、お願いします!」

エルヴィンが気に入ったキャストの名は、サラ。
サラは昼間は別の仕事をするシングルマザーだそうだ。
好きな食べ物や、趣味なんかの話をしていると、他の席でコルクを抜くいい音がした。

「ありがとうございま〜す!!」

サラ含めたキャストの声が上がる。

「サラ、あれは?シャンパンか?」
「はい!そうですね」
「ここではどういう時に飲むんだ?」
「そうですね、記念やキャストの誕生日、もしくは気に入った子がいたら、記念日など関係なくその子に開けられる方もいらっしゃいますね」
「そうか。見るだけ、メニュー見てみても?」
「はい、いいですよ」

メニューを開いて渡され、目を通す。

「ほう、案外安いな」
「えぇ、そうですかね?」
「サラは酒は飲めるのか?」
「はい、飲めますけど……シャンパン、入れて下さるんですか?」
「君が飲めるなら。こうして出会えた記念に。私は分からないから君が飲みやすいもの、好きな物を入れていい」

メニューをサラに渡せば、悩んで名前を指さして「これ、まだ飲んだことがなくて」と申し訳なさそうに言ってきた。

「いいよ、持っておいで」

そう返せば、嬉しそうに礼を言って裏へ行った。
準備するあいだに、エルヴィンは一服する為に煙草を出してライターを探していると、その様子を見ていた女性が近付いてきてライターを差し出した。
火を付けてもらい、礼を言う。

「シャンパン、入れて下さるんですね。ありがとうございます。ご挨拶遅れました。この店のママのさゆりです」
「ママ?」
「オーナーですね、この世界では、店を仕切る女性を“ママ”って言うんですよ」
「ああ、だから他の者に着いて行った時にママと言っていたのか。面白いな」
「ふふ、そうですか?よろしくお願い致しますね」

ママはそう言って名刺を差し出した。
名字と名前の両方が印字されたきらびやかな名刺だ。

「サラはうちのエースですからね、贔屓にしてあげてください」
「ああ、そのつもりだ」

ママと話していると、サラがシャンパンとグラスを。そして後ろからはおしぼりをくれたキャストがシャンパンを入れる容器を手に一緒に来た。

「エルヴィンさん、この方も一緒に良いですか?ひかりさんです!私の大好きな先輩なんです〜!」
「よろしくお願いします」
「よろしく」
「先輩来てくれたので、私、隣に座ってもいいですか」
「もちろん」

カウンターの内側から回り、エルヴィンの横にサラが座る。

「手元だけインスタ上げても良いですか?」
「構わないが、私が開けてもいいのか?シャンパンなんて開けたことがない素人なんだが」
「じゃあ尚更ですよ!エルヴィンさんの初めて頂き、ですね」

楽しそうに話すサラ。
少し裏の意味を読んでしまいそうになる言い回しでドキッとするが、サラの先輩に「はい、いっちゃいましょう」と手渡されて開け方を享受される。

「カメラは大丈夫か?いいか?」
「はい!あっ待って、ゆっくり……そう、じわじわ……きゃ、待ってコルクは持ったままですよ!」
「あ、開くかもしれない、こ、このまま?いいのか?いくぞ、」

コルクが瓶の中のガスに押されて、先程聞いた音が手元で鳴った。隣で小さく悲鳴を上げたサラが「ありがとうございま〜す!!」と言えば、周りもつられて礼を言う。なかなか悪くないかもしれない。

「お上手です!やっぱり手が大きいから安心感がありますねえ」
「安心感?そうなのか?」

笑いながら、サラの先輩がグラスを差し出した。

「エルヴィンさんが注いでください」
「いいのか?」
「はい、遠慮なく!私も初めてはエルヴィンさんに入れてもらいたいですから」

こういう様に言えと教えられた訳じゃないのだろうが、男ならついつい、心の隅で多少はいやらしく考えてしまう。
エルヴィンはシャンパンをサラとサラの先輩に注いでやると、グラスの中で光を反射させながら、次から次に小さな宝石のような泡が立ち上がり、水面に泡を蓄え、徐々に消えた。よく見れば何かがふわふわと泡に押されて舞い上がっている。

「これ、金箔入りなんです。私、初めて見ました」
「金箔入りか……」

グラスの中で踊る金箔を、エルヴィンとサラと先輩、三人で見つめる。

「綺麗……」

ふとサラを見れば、他のキャストにはない美しさを放っている。まるで、本当の百合の花のようで見とれる。

「……乾杯、しようか」
「あ、はい!じゃあ、エルヴィンさん初来店を記念して!」

乾杯!と、三つのグラスが美しい音色を奏でる。
初めて口にしたシャンパンと、隣に座るサラ、美しい装飾が施された店内。

エルヴィンはサラを一目見たときから恋に落ち、今この瞬間にも深く落ちていくのだった。


−白百合に想いを馳せて Fin −



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