「やめましょうよ、アーロンさあん…」


情けない声を出したのは長い髪を横で纏め、黒いドレスで着飾った名前だった。


「今更何言ってやがる。これも仕事の内だ。我慢しろ」


名前の前を歩くアーロンは黒いスーツを着こなしている。特注であろうそのスーツは長身の彼によく似合っていた。


「…アーロンさんはいいですよね、似合うから」

「…似合ってないと思ってんのか」

「似合ってるように見えます?」

「…シャハハ、パーティーが始まれば嫌というほどわかる」

「それってどういう、」


名前が言い終わらぬ内に屋敷内に入る。

アーロンが見えるやざわめきが広がった。巨体の後ろに立つ名前には誰も目をくれず…アーロンは小声で「此処で適当に時間潰せ」と言い残しスタスタと歩いて行った。


「…時間潰せって言われても」


遠目に見たアーロンは重役そうな人間と扉の向こうに消える。名前は溜め息をひとつつくと気持ちを切り替えて様々な料理が並ぶテーブルへと近付いた。


「美味しそう!」

「当家自慢のシェフが用意しましたからね、当然美味しいですよ」

「見た目も鮮やかで、…って、どちら様?」

「申し遅れました、僕はフール。この家の者です」

「ふうん、私は名前」

「このパーティー、僕が企画したんだ。出席者は全員婚約者を連れての参加って。まさかあの魚人の連れてきた婚約者がこんなにも綺麗だなんて、びっくりしました」

「……」


ふっと名前の表情が消えた。


「強引に連れて来られたんだろう?海賊は野蛮だからね」

「……う」

「え?」

「違う!」


会場内に響き渡った声はざわめきを治めた。出席者達は名前とフールを見やる。


「貴方にアーロンさんの何がわかるんです?!」

「…驚いた、まさか怒鳴るなんてね。綺麗なのに…君も結局海賊か。残念だ。…君は幾らで売れるのかな…?」

「…な、ッ!?」


後ろから口を塞がれ、身体を拘束された。静かだった会場は何事もなかったかのようにざわめき始める。フールは口元を歪ませ、笑った。


「アーロン氏には婚約者は先に帰ったと伝えておくよ。物騒な世の中だ。夜道で襲われてもおかしくない…君の装飾品の一部を道端に落としてお…」

「ほう、新しいダンスなのか?それは」


ざわめく会場の中、低い声がフールの耳に届く。振り返ればこちらを見据える魚人の目。ゆっくりと近寄るアーロンから目を逸らせずに立ち尽くす。


「ん、んー!!」

「フン、親も親なら息子も息子だ。胸糞悪い商談は破棄させてもらおう」

「と…、父さんが薬、」

「薬?…おれ達至高の種族に人間なんざの薬が効くか。…おれの婚約者を離せ」

「ふ、は…っ!アーロンさん…!」


解放された名前は小走りでアーロンに近寄り、抱きついた。そっと名前を抱き上げたアーロンはフールを一睨みし、シャハハと笑う。


「今日のおれは機嫌がいい。不成立なのが残念だ、な」








月明かりが夜道を照らす。


「…名前、大丈夫か?」


額を胸に押し付け、しっかりと服を握っている名前に問い掛けた。


「大丈夫、です。…あの、ひとつ訊きたいことが」

「ん?」

「……こ、婚約者、って、あの、…あはは、こっ今回の商談の為のアレですよね!すみませんちょっと私あの」

「…あの家の息子は綺麗な女しか口説かないそうだ」

「へ?」

「まあつまり、売れる女にしか興味がないってことだ。お前は幾らで取引されるんだろうなァ」

「そんなことしみじみ言わないで下さ」

「値段なんかつけられねェけどな、名前」

「意味がわかりません」

「わかりやすく教えてやろうか?」

「下等種族の名前にもわかるようにお願いしまあす」

「シャハハ…!」




おれの婚約者はベリーで決めていい女じゃないってことだ。




(…え…!)
(名前の指に合うのはシルバーだな)
(えぇえ…!?)
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