じめじめした空気が不快に感じられる夏の夜。この船のクルー達も例外なく夏の夜を呪っていた。そんな中、部屋から部屋へと船内を走り回りながらクルーを集める少女がいた。


「バテてるみんなに名前からのプレゼント!納涼恐怖話大会を行うよ!」



海上に見えたあれは



その言葉に釣られて船員達は次々と甲板に集まる。各々酒と肴を持って、ランプを持って真ん中に座る名前を囲うように座り始めた。


「碇良し、帆良し!」

「名前、此処に停泊するのか?」

「そう!波は穏やかだし、風は…少ないけど、まったりと怪談するにはいい日よ」

「まったりって…」

「あら、怖いなら部屋に戻ってもいいのよ?」


にーっこりと笑ってシャンクスを挑発する名前。大抵の事は笑って流すシャンクスも、この笑顔だけは流すことが出来なかった。


「怖いワケあるか!さっさと話せ!」


挑発に乗ったシャンクスは名前の前を陣取り、ドカッと座り込んで睨むように見据えた。

「みんないる?…じゃあ、始めよう」


全員が音を立てないよう、名前の声を聞き逃すまいと静まり返る。


「…昔、無鉄砲な海賊団がいました」





彼らは海図も見ずに平和な海でふらふら、ふらふらと気ままな航海をしていました。
ある時、船長は「この海は制覇した!いざ未開の海へ」と舵を取ったのです。海図を見ない彼らはまず、太陽を目指し、太陽が真上に昇ってからはその場で1日を過ごしました。
幾日か経過した頃、食糧が尽き、当然のごとく水も尽きます。船員達が次々と倒れ始めた日、船は衝撃音と共に停止しました。
不幸な事に、岩礁に乗り上げてしまったのです。
船員達は絶望し、自害する者、海に飛び込み泳ぎ回って力尽きる者、殺し合いをする者…船に残るは船長のみとなってしまいました。

薄れる意識の中、船長は何を思ったのでしょうか。

風雨に晒され船はボロボロになって…いつの間にかなくなっていました。


「…幽霊船かよ」


ボソッと、期待外れ(あるいは安心したか)のようにシャンクスが呟いた。


「…よくわかったね?」

「ありきたりな話だろ?しかもどうやったら船内のことが…」

「そう、これはありきたりなお話で、創作だと言われていました」

「…い、言われていました…?」

「この手記が見つかるまでは」


名前はボロボロの手帳を取り出し、


「…日目、食糧が尽きそうだ」


…日目、とうとう食糧が尽きた
…日目、もう何日も食べていない。船員達も限界だ
…日目、水が尽きた


「何でそんなものッ…!」

「船長は手帳がなくなっても書き続けました。部屋中に日誌を書き、インクが尽きるまで命尽きるまで。そうして船は風雨に晒され…ある日、一隻の船が通りがかり何があったかを把握し、このお話を世に広めたと言われています」

「…マジでか」

「マジです」

「…お頭、怖いからって名前の邪魔すんな」

「怖くなんてねー!」

「通りがかった船の船員は話を世に広めるだけでなく、手記も広めました。…本当にそれだけでしょうか」

「ま、まだ何かあるのか…」

「船長のポケットには壊れた懐中時計がありました。通りがかりの船員は何をした…?」

「…盗んだ…?」

「そう、売ればいいと考えたのです。…その夜、少し進んだ海上で停泊していた船。見張り番が遠くに船の明かりを見つけました…」

「ま さ か …」

「…昼間に見た船です。しかしどうも様子がおかしい。ボロボロだったはずの船が綺麗だ…よく耳を澄ますと叫び声が聞こえます」


そ…て…れ

…し…くれ

…れを返して…れ


コツンと何かがシャンクスの足に当たった。何かと思い見てみれば懐中時計。


「それを返してくれぇええ!!」

「ギャアァアアア?!」


静まり返った船がシャンクスの叫び声と共に一斉に笑い声が聞こえ始めた。
名前は満足そうに笑い、大成功!とガッツポーズをする。


「…お、お前ら…全員知って…?!つか手記は!この時計は!!」

「演出に決まってるでしょ?…時計は曰く付きらしいけど」

「い、いつ買ったんだ…」

「この前。で、古い手帳もついでに買ったの」


名前はランプを持って大きな溜め息をつくシャンクスに近付いた。顔を照らし、視線を合わせる。


「な…なんだよ…」

「…知ってる?」

「何を…」

「この話を聞いた後に海を見ると」

ほら、明かりが。



(ウオアァアア!?)
(シャンクス面白い)
(なんっ!何で!)
(ランプの灯りの残像よ)
(……)

散々叫び声を上げたシャンクスはどんよりしながら自分の部屋に戻る。

(ギャアア!)

部屋の壁一面に航海日誌が書かれていました。

その後、全員お説教をくらい、部屋の掃除も全部させられたそうです。

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