「ちょっとだけくすんでますね」


書類整理が一段落ついた頃、離れたソファに寝転がっていた名前が言った。
何のことだと問えば指輪と鉤爪のことだと言う。
手入れしていないからなと素っ気なく返せば、たたたっと小走りでクロコダイルに近寄り、洗うので貸して下さいと半ば強引に指輪を奪った。


「…傷付けるなよ」

「大丈夫ですよ。…これ、どれくらい洗ってないんですか?」


光りにかざしてみると多少くすんでいるのがよくわかる。


「…さぁな」

「…洗い方は知っていますか?」

「…さぁな」

「…教えてあげましょうか」

「さっさと洗って来い」

「まあまあそんな遠慮なさらずに」

「……」

「…イエス、サー」


無言の圧力を感じた名前は大人しく引き下がる。クロコダイルは厄介払いが出来たと溜め息をついて葉巻に火をつけた。
暫く香りを楽しみ、灰を落とす。何度か繰り返した後名前が部屋に戻ってきた。


「サー、キレイになりましたよ」

「ほう、そうか」


さっさと戻せと右手を差し出せば名前は指輪を手にしたまま立ち止まる。
訝しげに眉間に皺を寄せれば腕を組み考えているような動作をした。
何度目かの灰を落としたとき、やっぱりちょっと待って下さいと再び部屋を出て行った。
大きく溜め息をついて葉巻の火を消し、書類整理の続きを始める。…指輪が無い違和感を感じながら。

暫くして部屋のドアが開くのがわかったクロコダイルは手を止める。
自身に向かって歩いてくる名前を見やれば手にはタオルらしき白い布…何をするか大体想像がつき盛大な溜め息が漏れる。


「仕事を先に済ませたほうが…」

「急ぎじゃねぇから面倒なほうを済ませる」

「私のために貴重な時間をありがとうございます」


ムスッとした口調を聞き流し、ソファへ向かう。
仕事用の椅子とは違うふかふかのソファに深く腰掛ければ足の間に名前が座った。
右手を差し出せば元の位置に指輪がはめられる。


「…随分キレイになるんだな」

「ええ、ゴールドもたまにはお手入れしたほうがいいんですよ。流水に当てるだけでも違いますから」


そうなのか、素直に感心した後左手を差し出すと太ももの上に置くよう指示される。
名前は重いですねと言いながら手にしていたタオル…よく見れば湿ったガーゼで鉤爪を拭き始める。


「…遅かったのはガーゼ探していたからか」

「イエス、サー」

「ご苦労なこった」

「ガーゼじゃないと傷が付いてしまうから」


そうか、と言って空いてる右手で名前の髪を弄る。
長めの髪はサラサラしていて触り心地が良い。ついでに撫でてやればふふ、と笑い声が聞こえた。

鉤爪を磨く音と時折漏れる笑い声、それ以外は静寂なとある日の午後。




キレイ



(それで、いつ終わるんだ?)
(頑張れば四時間くらいで)
(…そんなにかかるのか)
(溝はこんなに汚れているんですよ?キレイにしないと)
(…妙な所で潔癖症なんだな)
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