かけがえのないものをなくしてあふれだすのは?



「…お前は何を言っているんだ?」

「今読んでる本に書いてあるんですが、この本では涙が溢れ出すのだそうです」


デスクに向かい仕事の書類をまとめるおれに問い掛けるのは離れたソファに寝そべる名前。また、本の影響か。これで何度目だ…。


「クロコダイルさんは何が溢れ出しますか?」

「…さァな…」

「…じゃあ質問を変えます。クロコダイルさんのかけがえのないものって何ですか?」

「……」


かけがえのないもの?…名前しか浮かばないおれは末期だな…だが、言わねェ。


「…バナナワニとか全滅したらクロコダイルさんショックだろうなぁ…」

「あぁ?何言ってやがる」

「…あ、雨降ったらショックかも」

「…話それてるぞ」

「え?…ああ、かけがえのないものでした。何だろう」

「一生考えてろ」


付き合ってられるか。
改めて書類に向かい整理を始める。名前の方からは何かブツブツ言っているのが聞こえるが無視しとく。

…何時間経ったか。気が付くと名前からは何も聞こえなくなっていた。
腰掛けていた椅子から立ち上がり名前の寝そべっているソファに近付く。


「……名前」


寝てるのか?そう思ったが違うようだ。読んでいたらしい本はテーブルに乗せてあり、仰向けの名前は腕で顔を覆っている。


「…どうした」


問い掛けには答えない。微かに震えてるのはわかるが…何があったんだ。腕を掴んで顔を覗く。


「…泣いてるのか、名前」

「…クロコダイルさん…」


おれの顔を見るや涙が溢れ出した。


「泣くな…どうしたんだ」

「すみません…私の場合かけがえのないものを無くしたらどうなるか考えてみたら本と同じで涙が溢れ出しました…」

「…で、かけがえのないものは何だった?くだらねェもんか」

クハハハ…!笑いながら指で名前の涙を拭う。ついでに頬に手を当てると手を重ねてきた。


「…かけがえのないものは、貴方です。クロコダイルさん」


何だ、やっぱりくだらねェもんじゃねぇか。

おれは笑いながら口付けた。



溢れ出したものはでした


(……あははっ!)
(?! 急に笑い出すな。今度は何だ)
(クロコダイルさんから溢れ出すのは砂かもしれないと思ったらなんか可笑しくて!)
(……ハァ)
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