全てを知ったあの日から、彼女の時は止まったまま。最後に見た笑顔は褪せることなく生き続ける。






「タイガーさん、コアラちゃんを送るのに私は船から降ろすってどういうことです?」

「すまん…万が一を考えると危険なんだ。コアラの親元、つまりは人間のところに行くわけだ。もし海軍が居たらどうする?魚人、しかも海賊と一緒にいることがどういうことか、一番よくわかっているだろう。おれが名前を守りきれるとは限らん」

「…それはわかってるけど…」


船長室のベッドに腰を下ろしながら名前を見つめるタイガーは手招きをした。名前は不満そうに近付くと首に腕を回して抱きつく。


「名前、留守番をしていてくれるな?」

「…すぐ帰ってきてくださいね。コアラちゃんと逃避行とか許しません」

「そんなわけないだろう。名前、」


けらけら笑いながら苦しくないように抱き締め、優しく名前を呼んだ。寂しいという感情が伝わってくると心臓が鷲掴みされる。すぐ戻る、と伝えると額に口付けた。


「…タイガーさん、あいしてます」

「おれもだ。…あいしてる、名前」

「…暫く離ればなれになるんだから、ぎゅっとして寝てください」


恥ずかしそうに告げる彼女に小さく笑うと、抱き締めたままベッドへと沈む。小さな身体を潰さぬように気を付けながら髪を撫でて眠った。










『行ってらっしゃい、タイガーさん!』

『名前お姉ちゃん、またね!行ってきます!』

『行ってくる。暫く待っていてくれ、名前』


コアラを送り届け、海軍に囲まれたタイガーは名前と離れる際の会話を鮮明に思い出し、約束を守れなかったことを後悔する。輸血を拒否し、涙を流しながら彼女の笑顔、悲しむ姿が脳裏をよぎった。また、会えたなら…と、薄れる意識の中名前を呼ぶ。










…あれから何年だろうか。ふと、名前は部屋から空を見上げた。アーロンに告げられたタイガーの最期を聞いた時は取り乱し、涙が止まらなかった名前も数年で落ち着き、命日は魚人島に向かって祈りを捧げるようになる。
ジンベエに連れられ魚人島に行ったのはいつだろうか…そんなことを考えながらワンピースに着替えた。


「…今年も貴方がいなくなった日ですよ、」


誰に言うわけでもなく呟き、アパートの部屋から出ると鍵を閉めてゆっくりと海へと歩き出す。航海日和だなぁ、と欠伸をしながらぼんやりと進んだ。


海岸に着くと裸足になり、波打ち際に立ち魚人島へ向く。何をするわけでもなく、ひたすら見つめた。


「…帰ってくると、言ったじゃない…」

「…名前お姉ちゃん…?」

「……え?」


不意に名前を呼ばれて振り向くと少女が立っている。溢れそうになった涙は引き、どちら様、と首を傾げた。


「私、コアラ、です」

「…こ、あ、ら、…ちゃん?」


懐かしい名前に目を見開くと、鮮明に思い出す過去。無事で良かった、大きくなったね、どうしたの、…様々な考えが浮かぶも言葉にならずに靴を落とし、恐る恐る手を伸ばした。



「名前お姉ちゃん、…遅くなってごめんね、ただいま!」

「…コアラちゃん、お、おかえ…っ」


ただいま、と一番聞きたかった言葉に引いていた涙が一気に溢れる。あの時、まだ小さかったコアラも同じ身長になり、月日は流れたんだと実感すると、二人で抱き合いながら声をあげて泣いた。




受け継がれた意志が帰ってきたこの日から、彼女の時は動き出した。最後に見た笑顔は褪せることなく彼女と共に生き続ける。
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